予定調和の足音:side赤羽
「んで、なんでグロッキーなんだよおぉぉぉ萌黄ィ」
「…………」
運営たちのモニタールーム。
幹部は色付き四名が揃い踏み、今は四つの席全てが埋まっている。
とはいえ、実際に作業ができているのは青城だけだ。
広報担当である赤羽は、プログラミングチームリーダーの萌黄を横目に微妙な顔になっている。
「おいおい緑野よぉぉおおお、萌黄になにやらせたよ。こいつが試合中に居眠りとか前代未聞なんだがぁ?」
「いや、まあね。今回は能力青天井だろう? そのしわ寄せがついさっき、まとめて襲いかかったようなんだよ」
つい先ほどようやく戻ってきたコローロのまとめ役でもある緑野も、どこか笑顔に力がない。
普段はこだわった紅茶とケーキを嗜むというのに、今日飲んでいるのはウィダーインゼリーだ。
「プログラマーチームの天才児をぶっ飛ばすレベルの作業ってのはなんだよぉ」
「ほら、居ただろう? 新実装の『死に戻り』能力者が四人も」
「正確には『死に戻り』が二人で『時間遡行』が二人だがなぁぁああ!」
「彼らのうち三名が、ほぼ同時に脱落したのは知っているね?」
「……知ってるぜぇぇぇええ? カカカカカ! VIP席の連中も阿鼻叫喚だったじゃねえか! 安定狙いの早漏どもがシャンパン注文してやがったんだぞ? 赤っ恥だ!」
赤羽は、緑野が戻ってくるまで何度も見返していた記録を、中央の巨大モニターへと映した。
教授班が北西で、ジャンヌ班が北東で、そして小町班が中央大樹付近でそれぞれ撃破している。
「この死に戻り、ゲーム内処理がとても面倒でね。エラーのアラートが相次ぐわ、処理落ちしかけるわ……」
「初めての青天井とはいえ、ボロが出過ぎだろぉ? まるっきり準備不足じゃねえかよおぉぉ!」
「言葉もないね。まあ、なんとか萌黄が全部解決してくれて助かった。終わったらなにか奢らないとな」
「ハッハッハハハハハ! 準備不足のしわ寄せをチームじゃなく個人で受け持つとか正気じゃねえだろぉぉよ! そりゃ死ぬわ! いくら萌黄だろうと死ぬ! 人間のキャパはコンピューターにはなれねえよぉお!」
赤羽は門外漢だが、3徹しても倒れない天才プログラマーがダウンしている時点で正気の沙汰ではないとの推測は容易だ。
「それで赤羽。青城はさっきからどうしたんだ?」
「ああぁ、あれかぁぁぁああ?」
「……ふふふ、はは、はひ、ひぃ……ふへへへ、へ……」
頬をゆるませ続け、だらしのない表情のままキーボードを叩き続けている同僚。
それを見守る赤羽の目は心底どうでも良さそうだった。
「皮肉なもんだが、その死に戻りみたいだぜぇ? 一時間くらい離席してたと思いきや、いきなりダッシュで戻ってあのザマだよ。死に戻り連中、どいつも脱落寸前くらいに能力使ってたからなぁ。脳味噌フェチの大好物であるデータちゃんに飢えてるんだろぉぉおおお?」
「……なるほど。まあ、仕事してくれているならいいんだけど」
「まあ、そんなことはどうでもいいんだよぉ。萌黄と青城が裏で何をこそこそやってたのかもどうでもいい。なぁおい、緑野サンよぉぉおおお!?」
赤羽は唐突に立ち上がると、床に放置されていたワインの空き瓶をつかみ取り、緑野へと近づいていく。
「なぁおい。今回流石におかしぃよなぁ?」
「何がだい?」
「おめぇならそりゃそう言うだろうなぁ。俺はなぁぁああ、クックみてぇなプレイヤーが数名紛れることは想定してた。想定してルールも決めた。波乱は最高のスパイスだし、VIPのお歴々も別の意味で興奮する。けどなぁ、アレはねえんじゃあねえか? ぁぁああん?」
振り下ろされた瓶が緑野のこめかみ寸前で止められた。
声色には明らかな怒気が混じり、強く握られた瓶がミシミシと音を立てる。
「アレって何かな」
「とぼけんなぁぁあああ!! あの三人に決まってんだろォ? 動きが計画的すぎてVIPたちがイカサマ疑ってんだよぉ! なにせ、絶対無敵と思われた死に戻り能力者を一斉脱落させた元凶だからなぁ!」
赤羽が指さした緑野の画面には、ちょうどその三人のデータが表示されていた。
『クック』、『ノウン』、そして『サトリ』。
「イカサマ、誰のイカサマだい」
「俺たち運営が疑われてるに決まってんだろぉ? あの三人に賭けたやつなんて皆無だ! なのに現状は情報戦においてほぼ無敵! あんなの出てきたらそりゃ萎えるよなぁ! 運営がキラー以外に集金部隊をブチこんだって思う奴も出るわなぁ!?」
「……」
「VIPのお歴々の一部は不満が顔に出てんだよぉ! 記念すべき回を台無しにする気かってなぁぁあああ!!」
息は荒く、濃厚なアルコール臭をまき散らす。
だが、緑野の表情は一切変化せず、薄い笑みのままだ。
(こいつ……)
言い訳の一つでも用意しているのかと思いきや、緑野は少しだけ眉を下げ、いかにも弱腰な笑顔を作ると首を傾げて見せる。
「申し訳ないけど、わからないな。それに三名全員に接点が生まれたのがゲーム内なのは間違いないだろう? ログは読み返したのかい?」
「……見たに決まってんだろぉ? だが今の技術では表層心理までしか読みとれねぇ。クックの野郎がそれを知っていれば、対策だってできるだろうぜ」
「確かに彼はVIP席の常連だから多少の知識はあるさ。けれど、証拠は無いし当てこすりにも見えるな。彼ら三名の接点もゲーム内で生まれたものだと観測されている。何をそんなに怒ってるんだい? もしくは、焦っているのかな?」
「もしもぉ! もしもこいつらが現実で組んで、十分に計画を練ってから潜り込んでいたってんなら、偶然じゃ済ませられねぇ! 運営側の誰かが、クックとその仲間をゲームにねじ込んだってことだ! それは俺が許さねぇ!」
「裏社会の住民の一人なのは君だって同じなのに、そんなに清廉で疲れないのかい?」
「いいかぁ? 俺たち広報ってのはな、しょうもない真実をとんでもない真実に誇張するのが仕事だ! けどよぉ、100%の嘘を真実にするのは広報じゃあねんだよぉ! なによりそれは俺がつまらねぇ!」
「……」
怒鳴り散らして様子を見ても、やはり緑野の方が役者は上のようだ。
顔色一つ変えないとは恐れ入る。
(こいつは総括責任者だ、絶対に真実を知っている。違うのなら『違う』と言い切ればいいだけだ。なのに『わからない』だとぉ!?)
どこかで薄々感じていたことだ。
もしかしたら、自分にだけ知らされていないのではないか。
他の幹部連中から、今回の裏側を秘匿されているのではないか。
「どうしたぁ! 答えろよ責任者サマよぉ!」
「……とりあえず、酒を飲んでいる時に怒鳴るのは血管が危ないからやめた方がいいな」
「誰が叫ばせてんだコラァ!」
「今回は能力上限青天井だ。めちゃくちゃな展開になることは分かり切っていたじゃないか。『自らの勝利を確定させる』能力者に、普段より多い『不死』能力者。やたら頭の回るリーダーを据えた巨大組織の結成。そんなイレギュラー続きの中で、プレイヤー間でたまたま強い組み合わせができた。それだけだろう?」
「……」
「少なくとも僕はそう見ている。それに、お客様が萎えないようにするのも僕たちの仕事だし、そのために小黒は準備をしているんじゃないか」
「そりゃぁ……!」
「フフフ、それにだね、僕はもうちょっと楽観視しているんだよ」
赤羽の思考の奥には冷静な部分が戻り始めており、すでに怒鳴るのも難しい。
(なんだ、こいつのこの自信は。なんでヘラヘラしていられる。死に戻りが同時に一斉脱落したんだぞ。そのヤバさをわかってんのか?)
「大丈夫だよ、赤羽。君が心配しているようなワンサイドゲームには絶対にならない」
優しげな、諭すような口調。
その頭の中でどんな結論が回っているのか想像も付かない。
「僕の予想ではね、このゲームの優勝者は最初から決まっているんだ」
「どういうことだ、オイ」
「言葉通りの意味だよ。今に君にもわかる。その時に君やVIPのお歴々が歓喜するかどうかはわからないが、少なくとも日本人ならばみんな好きなはずだ」
「……何をだよ」
ウィダーインゼリーの残りを吸い尽くし、ふぅと一息ついた緑野は口の端を持ち上げた。
目は笑っていなかった。
「大どんでん返しってやつをさ」
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