凪の心:sideサトリ
「あーくっそ、まーた暴れられなかったよつまんねぇ」
大鼠の戻りかけていたヘソがまた思い切り曲がっていた。
「申し訳在りません、大鼠様。ですが、事前にお話ししておいた通りで……」
「……わかってるよ、わかってる。絶対に倒さなきゃならねえってのはな」
音のない襲撃により、北部のネットカフェが一軒全壊した。
サトリの提案により標的となった女性プレイヤーは、すでに肉団子となって廃墟に転がっている。
(……あとはセナが誤魔化せばひとまず大丈夫だろう)
サトリは周囲警戒を続けながらも、屋内へ踏み込んでいく三名の背を注視していた。
ジャンヌとセナは隣り合い、大鼠の機嫌を理屈で取り持とうとしている。
「はい。なにしろ、『雷』になる能力者。いくら無効化の貴方と言えども、相手が光速で逃げ回れるのなら無効にするのは至難であり、正常な判断ができるなら一瞬で逃げられます。こればかりは不意打ちが必須でした」
「一斑の目撃情報に感謝だね」
ジャンヌとセナの言葉を複雑そうに呑み込もうとしている大鼠。
三人はゆっくりと、他にプレイヤーを仕留められていないかの現場検証を始めた。
それを屋外から見守るのはサトリとベートーヴェンの二名。
「サトリ殿、少々よろしいでしょうか」
「……なんだろうか、ベートーヴェン」
「いえ、大したことではございません。ですが念のため、今からの話は私たちにしか聞こえなくしてあります」
前置きにサトリの眉が持ち上がる。
隣に立つ仲間の男に一瞥もくれず、老紳士の話は続いた。
「貴方は、偶然にも一斑の方々のブラックリストに入っているプレイヤーの方を、窓の外に目撃した。だから脅威になる前に倒しておこうと思った。そうおっしゃりましたね?」
「そうだな。一斑から注意喚起と、可能ならば撃破せよとの報告が来ていた」
「不死チームには、不死以外の能力者が荷担している可能性があると語られていました。ですが、ジャンヌ殿とサトリ殿の意見は一致しての不意打ち即殺。これは如何なものでしょうか」
「……何が言いたい?」
「相手がこの周囲で活動しているプレイヤーだったのなら、尋問し、不死の仲間だったのかを洗うチャンスでした。あなた方のような聡明な人が、私如きが気付いているこの可能性に思い当たっていないとは思えないのです」
「……」
ベートーヴェンの薄い糸目は開かれぬまま、サトリへと向き直った。
もしも読心というイデオを得ていなければ、平静を保てなかったかもしれない。
そう思わせるだけの、『見透かされている』感覚が肌に突き刺さる。
「ジャンヌ殿は聡明であり、我々にも密に情報を共有してくださいます。ですが今回、少なくとも私は雷能力者の事を知りませんでした。反応から見ると、大鼠殿も知らなかった様子でした」
「それは、ジャンヌさんらしくないな。私はすでに共有されているものだと思っていた」
「ええ、全くです。ですので、今後は無いようにお願いしたいと思っています」
サトリの能力は、荒波立てぬ凪のような老人の心の底をすくい上げていた。
(疑われている、か。大鼠くらい単純であれば楽なものを)
サトリとジャンヌが何かを隠しているのではないか。
その疑いはほぼ正しく、実際に今回の件はサトリがジャンヌ、いやさセナに突発的に協力させたものだ。
『連絡』がもう少し早ければ、口裏を合わせる時間もあったというのに。
(だが、リスクを取らねばいけない。消せる状況ならなんとしても消すべきだ。誇張でも何でもなく、不死と死に戻りだけは全プレイヤー共通の敵なのだから。まったくもって貧乏くじだな)
セナが招いた不穏分子ではあれど、今回の襲撃においてのMVPは間違いなくベートーヴェンだ。
先に自害されれば面倒なことになるのだから、音を消すという能力は暗殺にマストと言えた。
「……わかった。私も、ジャンヌも、どこか焦っていたのだろう。ご忠言感謝させてもらう」
「いえ、よろしくお願いしますよ」
次からは突発的な活動は難しい。
少なくともセナとは連絡を密にし、口裏を合わせなければ心証は悪くなる一方だろう。
心を読むことで不意打ちはある程度防げるが、未来としては先細りが確定だ。
特に今の時点で大鼠まで寝返るのはあってはならない。
(やれやれ、なかなか休ませてもらえない)
都市部だというのに煌めく満天の夜空を見上げながら、サトリはサングラスの位置を直して、笑っていた。
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