唯一の倒し方:sideウロボロス
「──ぶっはぁ! はぁ、はぁ……」
目を覚ましたのは、とあるカプセルホテルのベッドの中だ。
ウロボロスは肩で息をしながら現状を確認していく。
「………………うっわ、最悪。マジで最悪のキチガイだったわ」
文句を垂れつつ体を起こし、ベッドから出てフロントへ。
従業員用冷蔵庫に入っていたペットボトルを開封し、喉を鳴らして水を飲んだ。
「ぷはぁ! はぁ、ふぅー……。さーて、マジでもう北は無いじゃん。どこ行こうかな」
窓の外は暮れ残りの夕日が沈みきる瞬間。
もちろん、二日目の夕方ということはあり得ない、その逆だ。
「しかし、もう三回目かよ。マジでこの能力にして大正解じゃん……借りたラノベ大正義。ゲーム終わったら、また死に戻り漫画借りるかー」
そう、彼女の能力は『死に戻り』。
全プレイヤーにとっての最重要警戒能力であり、最強候補の一つ。
色盲の変態女の情報を脳に刻み込み、数時間前の時間軸へと戻ってきたのだ。
「しゃーない、ここ離れよう。あのモールはもう行かない。ご飯は……どうしよ。この辺全部爆破されてるんだよなー。運良く残ってないかな」
五感消失という拷問は、ウロボロスにとっては先ほどの出来事だ。
だが一度死んで戻ると、その時の記憶は夢のような曖昧なものに変わっている。
でなければ、怪獣に踏みつぶされて死に、体が爆発して死に、そして今回の拷問の三段構えに心が耐えきれるはずもない。
「はぁ……あと、何回死ねばいいんだろ」
誰にも聞こえないボヤキを残し、ウロボロスはカプセルホテルを後にした。
まず探すのは飲食店だ。
ショッピングモールが目立つからと思わず吸い寄せられてしまったが、別にあそこにしか食料がないわけではあるまい。
「──チッ、ここもダメかよ」
とはいえ、ほとんどの店が破壊されてしまっていれば、思わず舌打ちも飛び出すというもの。
それでも一つくらいは残っている、そう信じるしかなく捜索を続けていた。
(──お、コンビニ。無事じゃん)
路地の途中の目立たない場所で、看板が明かりを放っている。
店内にも電気が点いていて、破壊された様子は皆無だ。
店内に入って真っ先に向かったのは弁当のコーナー。
だがここには何もない。
仕方なしに飲料のコーナーへ向かうと、ここにも品は陳列されていなかった。
(なに、もう持っていかれた後?)
仕方なしと、ウロボロスはバックヤードへと入っていく。
まだ陳列されていない段ボール詰め状態の飲料がずらりと並び壮観だ。
(コンビニバイターなめんな。先客は在庫にゃ気付かなかったみたいだね。それとも両手が塞がってたかな?)
次にいつ補充できるかもわからないのだから、持てるだけ持って行くのが一番だろう。
店内のプラスチック籠に十数本をぶちこんでバックヤードから出てくる。
次に目を付けたのが冷凍食品だ。
(これも陳列分は無くなってるか)
レジの裏へと回り込み、フライヤー近くにある冷凍庫を開く。
チキンに中華まん、少しの余剰冷凍食品……それらが手つかずで残されていた。
(見える部分だけ持ってったってことかな。まあいいや、アタシにはこれで十分だし)
チキンは揚げねばならないし、中華まんは蒸さねばならないため、持って行くのはここに保存されていた冷凍食品だけだ。
(あとはネカフェを探そう。最近のはご飯も出すところ多いし)
籠ごと持ち去り退店。
無人の都市を歩く、プラスチック籠を両手で持つ女という光景はシュールなものの、目撃者は居ない。
(あー、失敗した。先にネカフェ探すんだった)
重い荷物を持ったまま、警戒しながら歩くというのがここまで疲れるとは思わなかった。
(ゲームならこんな疲れる仕様にすんじゃねーよ、ほんと)
結局、適当なネットカフェを発見できたのはたっぷり二十分も歩いてから。
一度周囲を見渡してから、ウロボロスは恐る恐る雑居ビルのエレベーターへと乗り込んでいった。
薄暗い店内は安普請ゆえか空調の音がイヤに耳に付き、照明もはっきりと明るいのは受付周辺だけ。
そこに籠を置くと、一息ついてからバックヤードへと入っていく。
目的の厨房はすぐに見つかり、しかもここの食品は手つかずだった。
これならコンビニを探す必要は無かったかもしれない。
(ま、ここに籠城し続けるならアリかな)
腹も減ったが、何より疲れと汗が居心地を悪くしている。
荷物を厨房へと置き、店の入り口をしっかり施錠してから、ウロボロスは店舗奥へと歩を進めた。
目当ての施設──シャワーは清潔に保たれ、レンタル用タオルも充実していて満足度が高い。
炭酸水のペットボトルを持ったままにウロボロスは蛇口を捻った。
「~~~♪」
暖かい湯に打たれながらも、風呂に入れば名案が浮かぶという現象に縋るように、ウロボロスは思考を展開し始める。
(えーっと、あの変態が言うにはフシガリとかいうやつらがいて、多分だけどチームを組んでる。アタシはそいつらの斥候と間違われたっぽい。あの警備体制からして、めっちゃ警戒してる臭いね。てことは、もうすぐあそこでチーム同士が激突すんのかな)
頭から浴びるのをやめて背中を中心に打たせ湯のように浴び始め、炭酸水を開封し一口。
(まーたロボと怪獣が映画みたいに暴れるかもしれないし、さっさと逃げた方がいいのかな。ぶっちゃけ移動中が一番怖いんだけど。何度もやり直すのも面倒だし、痛いし怖いし)
ウロボロスの能力は死に戻りであるが、『睡眠から目覚めた』場所と時間を帰還地点に登録することが可能だ。
ただしセーブポイントは常に一つしか設定できないため、絶対安全な隠れ家は勝利の必須条件となる。
(腹が減るとかいうクソゲー要素も判明したし、今から東や西に移動して拠点を作るときは食事も欲しくなっちゃう。戦争に巻き込まれないってわかればここを出ないんだけどな。風呂上がったら一時間くらい寝るか?)
トライ&エラーこそが死に戻りの真骨頂だ。
とはいえ、それを積極的に使いたいとはまだ思えない。
特に、あの黒女が生きている間は目を付けられる愚を犯したくない。
死ねない状況こそ、死に戻りの最大の弱点になるのだから。
(ま、ひとまずここをポイント2にして様子見るか。あの変態が脱落したってわかればなお良しってことで)
飲料をもう一口飲んでからシャワーを止める。
バスタオルを雑に巻き、ドライヤー片手に従業員控え室へ。
冷凍食品をレンチンする間に髪を乾かして、食べ終わったら鍵付き個室へと引っ込んで仮眠を取る腹積もりだ。
(しっかし、どーしよっかな。隠れてればぎりぎりまで生きられそうだけど、最低一人は殺さないと優勝できないんだよね。武器は必要かなぁ)
ほうれん草のソテーを電子レンジに突っ込んで、雑多な考えと同時進行だ。
(えっと、700ワットだと…………?)
ボタンを押し設定が進む一方で、ウロボロスは正体不明の違和感を感じ始めていた。
(なんだ?)
おかしなところは何もない。ドアを開けて確認するが、鍵をかけた玄関口に異常は見られない。
室内は静寂で満たされ完全に無音だ。
訝しみながらも温めをスタートさせる。
(なんか、やな感じ)
レンジの中が橙色の光で照らされ、皿が回る。
何度も周囲を見渡しながら、得も言えぬ不安だけが募っていく。
音のない世界。
自分の心臓の音も聞こえず、厨房から動くこともできない。
(やっぱりさっさとここ──)
突如、目の前の壁が無くなった。
音はない。
(──出よう、か──)
壁の向こう、玄関口の方向に複数の影。
屋外ばかりが暗くて顔も服装も人数も見えない。
(──なッ!?)
ただわかることは、すでに己の体がねじくれ圧縮され始めていること。
今回もここで突然死ぬということ。
(クソッ、やっぱり北は無しだ! 次は東に──)
そして、ウロボロス本人にわからなかったことは。
彼女はもう死に戻れず、ただ不意打ちで脱落するという事実だった。
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