ショッピングモールの侵入者:sideウロボロス
暗い闇がフィールドを覆った初めての夜。
都市は眠りにつき、プレイヤーは息を潜め、朝日を待つ。
それが戦略上の普通、だとしてももちろん例外も存在する。
夜に有利なイデオ、暗殺狙いのプレイヤー。そしてここにもまた一人。
「探せ、殺せー!!」
(くっそ、しつこい……!)
プレイヤーNO.68『ウロボロス』は、光溢れるショッピングモール内を駆け逃げる真っ最中だった。
侵入時に割ったガラス窓がどこにあるのかもすでにわからず、ただ追っ手を巻くために洋服店の試着室に身を潜めている。
一階の入り口はバリケードが作られていて、出入りすることもままならない。
(こんなに大勢でチーム組んで占領してるとか、聞いてないんだけど!)
元々は空腹に耐えかねて潜り込んだわけだが、潜入の成果をこの場で食べるほどの悠長は許されない。
抱えたビニール袋の中身は脱出したあとのお楽しみだ。
(最低でも四人以上、下手すると十人近い数。番組企画じゃあるまいし、なんでこんな鬼ごっこしなきゃいけないの……!)
ある程度の息が整ったので、立ち上がりカーテンを開ける。
足音はもう聞こえてこない。今はとにかく階下へ降りなくては。
(ほんっと、ついてない。スタート地点も怪獣の近くだったし、厄日か何か?)
ウロボロスは静かに店外へ出る。
照明はギラギラと輝き、彼女の影を八方へと伸ばしていた。
幸いにも追っ手が遠慮なく走り回っているおかげで、相手の足音が聞こえ次第隠れることでやり過ごせてはいる。
ショッピングモールの廊下には基本的に窓がない。
もちろん存在するスペースだってあるのかもしれないが、通路を歩いているだけでは見つけることは不可能だ。
景観を損ねかねない窓は、従業員通路や各種店舗の裏側にひっそりと存在する。
(従業員通路、行ってみる? 正直賭けなんだけど)
どんな構造になっているのかもわからない迷路に飛び込む。
勇気を飛び越えて蛮勇に足を突っ込んだ行為だ。
それでも、さっさと逃げたい欲求には抗いがたい。
見つけたことで意を決し、両開きの従業員用ドアを押し開くと、待っていたのは表とは真逆の無機質なコンクリート壁の世界。
店舗にほんのり流れていたBGMも聞こえなくなり、心臓の音が耳を打つ。
(窓か階段、窓か、階段)
目的物を探し、通路を右へ、次に左へ。
いくつか部屋への扉も見つかるが、中を覗いても窓は無い。
だが幸いにも追っ手の気配も感じなかった。
(──あった!)
握り込んだ手に汗が滲むのを実感した頃、ようやく下りの階段を発見する。
ここで喜び駆け下りて気付かれるわけにはいかない。
ゆっくりと、慎重に、一歩一歩降りて──
「こちらにいらっしゃいましたか」
踊り場まで来たところで絶望の声がした。
階下に待ちかまえていたのは、どこまでも真っ黒な女。
(敵……!)
「斥候かと思いましたが、それにしては侵入が粗雑でした。ですが万が一もありますし、お話を聞かせてもらった方がいいですね」
(……斥候?)
プレイヤー同士が出会ったのならば、基本的には戦闘開始だ。
だがウロボロスにその選択を取ることは難しく、不利とわかっていても背を向け逃げ出すしかない。
(せめてあれを!)
ポケットに手を突っ込み、同時にウロボロスの顔が歪む。
最後の手段を手に取ると同時に女の声が通路に響いた。
「せめて戦闘になってもらわないと、映えがないのですが。致し方ありませんね」
来た道を戻るように、登って登り切って走る。
長い廊下の角まで来たところで振り返れば、女はやっと階段を上りきったところだ。
こちらの方が断然速い。
(これなら、逃げ切れ──)
「映えなければ赤が五月蠅いのですが……」
パチン
甲高い効果音が耳に届くと同時に、ウロボロスは廊下の角で転倒した。
「ぐあぁ、あ……!」
カツン、カツン、カツン。
革靴の反響音は確実に大きくなっていくが、ウロボロスは廊下を這うことしかできなかった。
「なん、なんで……! 見えない!」
視界は暗黒。
光の一つも存在せず、なにも見通せない。
廊下の広さも、距離感も、視覚情報の一切が遮断されていた。
「ネズミはどうやら貴方一人だけのようですね」
「く、そぉ……!」
「抵抗されるのも面倒です。この場で素直になってもらいましょうか」
話の流れからして、即殺されるわけではないらしい。
ウロボロスにとってそれは非常に不味いことだった。
だからこそ、努力を無為にする決断を下すべき時が、ウロボロスに訪れていた。
↓広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると、毎日投稿のモチベーションに繋がります!
さらに『ブックマーク』、『いいね』、『感想』などの応援も、是非よろしくお願いします!