推論
連動するようにジャンヌも口を拭き、サトリの言葉が切れたのを見計らって割り入る。
「──ですがサトリ様。少々おかしな部分が散見されますね」
「はて、おかしな部分。どこにあったのかな? 何分、一度これだと決めたらなかなか意見を変えられない性分なのでな」
(嘘つけ)
サトリは笑みを崩さない。
それに対抗するわけではないが、自然とジャンヌに浮かぶのもアルカイックスマイルだ。
「では指摘させていただきますが、相手が不死ならばわざわざ食料を持ち去ったのはどうしてでしょうか。二件目のようにその場でダメにしてしまったり、店舗自体を破壊してしまえば持ち運ぶ手間もなく簡単なのでは?」
「それは、もちろん偽装工作だろう。我々不死狩りはかなり大々的に結束し、決起集会まで行っている。当然相手も我々の動きに気付いているはずだ。だからこそ、籠城しているのが不死チームだと気付かれたく無かったのでは?」
「なるほど、それは一理あるかもしれませんね。ですが今度は三件目以降の破壊と結びつきません。食料の奪取や食料自体の破棄をされた店舗よりも、そのまま破壊された店舗の方が遙かに多かった。そこはどうお考えですか?」
「そうだな、こういうのはどうだろうか。破壊された店舗に関しては、周囲の他の建物を巻き添えにしてしまえば、イデオ同士の激突によって生まれた破壊にも見える。事実、大樹付近はビルの倒壊もかなり多かった。数件のカモフラージュを用意しつつ、あとは戦闘があったと見せかけてしまえばいい、というのは」
「……納得はしきれませんが、否定まではできませんね。そこまでの想像を膨らませられるのも才能だと思います」
「偶然思い至っただけだ。そして思いついてみれば、他の勢力だとは考えにくい」
「そうかもしれません」
ボロを出さず、屁理屈で繋げてくる。
これまでの全てはあくまでサトリの主観でしかない、だが否定するだけの材料もないのだ。
「ではその推理を補強する目的でもう一つ。このマンションからはアレが見えるわけですが」
「……ああ、あれか」
窓を向く視線に釣られ、セナ以外の面々が外を見た。
ビル群は人が居ないためかほとんどが真っ暗で、点灯しているのは道路の街頭と信号機ばかり。
そんな中、例外的に煌々と明かりを発している巨大建造物が存在した。
複合商業施設、あるいはショッピングモールと呼んだ方がいいのかもしれないが。
砂漠の中央に聳えるラスベガスの如く、闇夜に君臨してはばからない。
「基本的なショッピングモールには飲食店や食材売場が入っています。一方で、プレイヤーはたったの百名。時間は半日と少ししか経過していません。不死が何人いるのかは不明ですが、まさか不死狩りより大所帯ということもないでしょう。目立たないコンビニはきっちり潰しておいて、あれだけ目立つ施設を荒らさない理由はありませんね?」
「……無いな。だからここは、逆に考えてみるのはどうだろう」
「逆ですか?」
「ああ。あのショッピングモールこそが、不死チームの根城であり籠城する拠点なのだよ」
(……そう来たか)
確かに言われてみれば理にかなっている。
シャッターなどを閉めれば籠城も可能であり、破るためにはイデオの使用を強制もするだろう。
罠なども配置できるかもしれないし、監視カメラが動くなら位置も捕捉される。
「あそこを押さえることで、付近のコンビニや飲食店を荒らすだけで良くなった。不死以外のイデオ持ちが仲間にいるのなら、面倒な破棄作業をしなくても一瞬で食料をダメにして回れる可能性すらあるわけだ。店舗が破壊されている方が多いことも、別の能力者が隣にいることの推測材料になる」
「……敵を強大にしすぎではないでしょうか」
「常に最悪を考えて作戦を考えなければ足下を掬われるぞ」
炭酸水を一口飲むその姿から、余裕を感じてしまうのは気のせいだろうか。
焦ってはいけない、相手の口八丁は間違いなくセナよりも一枚上手なのだから。
「いくら施設が広く強固とはいえ、全くの穴がない拠点とは思えません、城ではないのですから。攻め込まれた時に全てに対処するのは不可能に近いのではありませんか? 大規模破壊能力だって存在していますし」
「ごもっとも。だが今は実際に攻め込む話はしていない。あくまで私の説の吟味に過ぎない。そうだろう?」
「……」
「吟味という点で言えば、そうだな。不死以外のイデオ持ちが相手側に居なければ辻褄が合わない部分もある」
「……それは?」
「もちろん時間だな。これだけ広大なマップなんだ、北部だけを何とかしようと考えてもコンビニの数も飲食店の数も多い。たった半日で大多数を破壊できると考えてそれを実行するには、不死以外の能力が必須だと思わないか?」
ぐうの音も出ない正論だ。
ゲーム開始の正確な時間は不明だが、経過していたとしても八時間程度だろう。
不死同士を見つけ、結託し、ショッピングモールを押さえ、食料破壊に動く。
現実的ではない。
「……少し、話が膨らみすぎました。まとめをお聞かせ願えますか?」
「まとめとは?」
「ずばり、籠城戦をすることでどんなメリットがあるのか。ここまで大がかりな行動を実行するに足るのかです」
「いいだろう」
本来、食べ物で遊ぶべきではないのだろうが、サトリは自分の皿の上のチキンをフォークで動かし始めた。
骨を三角に配し、その中に一切れ。
それ以外を皿にまばらに配置する。
「籠城が完成し、北部の食料が目論見通り少なくなったとしよう。敵は強固な城に引きこもっており、侵入しようとするならば二つしか方法はない」
「それは?」
「ズバリ、隠れて入るか、大勢で攻め入るか。だがこれはサバイバルゲーム。本来は全員が敵なわけだから、不死狩りのような軍団と戦うことを想定した作戦ではないはずだ」
協力関係になったとして、多くて三人前後の小規模チームだろう。
そんな小粒の即席で攻め入ったところで、相当強力な能力を持たない限りは返り討ちが関の山かもしれない。
「籠城の目的だが、もちろん敵が攻め込むのを嫌がって他地域に向かうよう誘導すること。つまりは戦闘の回避となる。ここはいいな?」
「ええ、それ以外に籠城をする理由は思いつきません」
「これは最序盤で見かけたような、怪獣やら雷化といった大規模破壊能力にはまるで無力だ。しかし、それらが序盤にまとめて脱落した光景は多くのプレイヤーが見ている。仮に同等の破壊力を所持していても、軽々しく使いづらくなっているのは間違いない。そういった者たちも、力を見せたくなければ他から狙うようになる」
最強能力と一言で言っても、実は見た目だけなら目立たない能力が多い。
即死に能力反射、時間停止に事象無効化。
いくら強力無比だろうが、観戦しているだけならば地味とも取れるだろう。
なぜなら、プレイヤーは戦争をしに来たのではなくプレイヤーを殺しに来たのだから。
「そして、終盤まで残ることで一番有利になるのは、間違いなく不死能力者たちだ。理由まで語る必要はあるか?」
「……そこまで言われりゃ、俺でもわかるな」
「ええ、私も思い当たる考えがございます」
「ではベートーヴェン、貴方の考えを述べて欲しい」
ようやく口を開いた二人から最年長を立て、サトリは仕草と目線で促した。
ベートーヴェンは顎髭から指を離し、水を飲む。
「ようするに、不死の者共は大鼠殿のような無効化能力者が全滅するまで引きこもる戦法、ということなのでしょう」
「素晴らしい、私も同意見だ」
死なないのだから負けない、なんとも子供じみて明快な理屈だ。
唯一の敗北要素が外で殺し合ってくれるのならこれ以上はない。
その後に生き残った残りのメンバーに対しても要塞として使用できる。
「利点はこんなところだな。わかりづらい部分があれば質問を受け付けるが?」
「……いや、大丈夫だろ。少なくとも選択する価値はある戦法ってのは俺でもわかった」
ジャンヌが口を開くまでもなく、話が収束へと向かい出す。
結局は何一つ崩せないままに。
だが、サトリはなおも続けた。
「私としては、不死たちのリーダーが気になるがな」
「……そりゃどうしてだよ」
「考えてもみろ。相手のリーダーは不死能力者同士の結託を進め、それを成功させている。殺そうとしても死なないから仲間割れが起こらないという利点はあるのだろう。一方で仲間を投身自殺させて巻き込んでの殺害をしたりと、襲撃は計画的であり、仲間もそれに協力的。不死性の弱点を補強する籠城戦術も考案している。なにより、食料の破棄には徹底した意志を感じざるを得ない。空腹がどれほど効果があるのかプレイヤーにはわからないのにだ」
「……」
「籠城戦法自体は問題ないだろう、敵が殺し合うのを待つのはサバイバルゲームにおいて上策なのだからな。だが、空腹がゲーム内で効果があると知っていなければ食料破壊戦法を使おうとは到底思えない。ただ城が難攻不落でさえあればいいだけだ。それなのに、ほぼ理論値の速度で実行に移し、確実にこなしている。どれだけのリーダーシップがあれば可能なのかと、私は興味が沸くな」
考えもしていなかった、敵リーダーの存在。
その異様さをつまびらかにされるにつれ、班の面々の顔が引き締まっていく。
(お互いが敵のゲームで即席チームを組んだとして、合議制でここまでフットワーク軽く動けるはずはない。間違いなくリーダーによるワンマンチームのはず。それは確かだ)
そこまではセナにもわかる。だが、速度と練度が異常だ。
(このゲームについての知識をある程度持っていて、不死の位置を知ることが出来、チームに取り込んで手足として使うことが出来る……どんな化け物だ?)
あるいは、自分のような能力ならば可能性はあるかもしれない。
だが、山積みになった問題の一つ二つを解決したところで、すべてに答えを与えることができないのだ。
「……あのさ」
ジャンヌではない、口を開いたのはセナだった。
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