舞台裏で絡まる糸
糸目の巨漢は笑顔を湛え続け、まるで暖簾に腕押しだ。
「私は食客の意見も聞いておくってだけだよ。特に、アンタの班の敵討ちからは遠のくことになるからね」
「……あ、ほんとだ。そうじゃん気付かなかった!」
「なに、天下一君って実はマゾなの? オイラの同類? 小町姐さんから叱られたくて黙れないの?」
結局騒がしくなる外野に、小町はため息を一つつき、扇子でピシャリとソファを叩いた。
それだけで室内は静まりかえる。
「で、どうなんだい。仇討ちを棚上げにして、北の決戦に向かうことについては」
「……いやだな。僕たちの目的は始めから不死討伐のはずだよ。もちろん、僕の班を壊滅させた謎の能力者を放置することに抵抗感はあるけど、北でのことが終わった後でジャンヌ班にも来て貰う交渉をして、人数を増やして探した方がより良いしね。ただ……」
「ただ?」
「今日はもう遅い。夜の行軍は危険すぎるし、明日の日の出と同時に出発でどうかな」
言いながらクックが指さした窓の先には、夜の帳が降りた工場地帯が広がっている、はずなのだが、完全な闇で何も見えなくなっていた。
「……わかった。なら全会一致ということで、小町班は明日の日の出と共に北へ向かう。そういうことだよ、幸ちゃん」
「……! あ、ありがとうございます!」
「やったなー幸ちゃん! 折角だし飯も食べてってよ、いいッスよねクックさん!」
「もちろん。一人分増えるくらいどうってことないよ」
笑顔はじける幸と天下一を後目に、クックは立ち上がる。
「じゃあ、僕は夕食を作ってくるね。誰か一人か二人、厨房の近くを警備してくれると嬉しいんだけど」
「あー、クックさんは戦闘力無いッスもんね。そういうことなら俺が──」
挙手しようとした天下一の腕を、幸が咄嗟に掴んで押さえた。
驚き顔で固まったチャラ男に向かい、幸はこっそりと人差し指を唇の前へと持って行く。
「なんや、お前が行くんやなかとか天下一」
「あ、えーっと……そうだ。悪いんスけど、大納言さんとナッツさんにお願いできないッスかね?」
「はぁ? まあ、厨房入り口で椅子に座っときゃあええだけじゃし、構わんが」
「オイラに作る貸しはあまりにも大きく桃色咲き誇るぞ天下一!」
「うっわ……まあでも、借りでもいいッスから。さっき能力使ったばっかりでちょっと疲れてるんスよ」
「よっし貸しひとつぅ! さっさと行こうぜ大納言の旦那!」
どこか歯切れ悪い物言いだが、深くは追求されることなく話が終わる。
クックは二人を伴って本部から退室していった。
「……私もお邪魔かな?」
苦笑混じりに立ち上がる小町に、天下一はなぜか後ろめたさを感じながら慌ててしまった。
「あー……え? どうなんだろ。幸ちゃん?」
「あー、えー、うー……で、できれば……」
「はいはい。あとは若い者同士で、ね」
どこか含みのある言葉を残し、小町も本部の扉から出て行った。
さっきまでのやかましさが無くなると、物が多いこのオフィスも広大に感じてしまう。
「んで、なんスか?」
「……えっと」
「手紙のことッスよね」
「え!?」
驚愕で一歩後ずさる幸を見て、天下一は思わず渋い顔になってしまった。
首を二度振ってから慌てて言葉を続ける。
「ああ、いやいやいや。誤解しないで欲しいんスけど、俺の能力でわかったことなんスよ。説明すると長くなるんだけど……」
「え、あ、そうなんだね。あ~びっくりした~。てっきり……」
「てっきり?」
突如フリーズした幸をいぶかしむも、彼女はすぐに両手を伸ばしてパーソナルスペースを主張してきた。
「あーごめん何でもないの! あは、あははは……」
「まぁいいッスけど。用件があるんスよね? なんつーか、その。俺個人に向けての……」
「えっと、うん、そうなの」
羞恥か、それとも別の感情か。
頬を染めて俯きながら用があると語る制服少女というシチュエーションは、天下一にちょっとした期待感と緊張感をもたらしていた。
(いやいやいや、それはねーよ自覚しろ天下一。今は殺し合いゲーム中だぞ!)
己を必死に律する男子に気付くことなく、幸はさきほど読み上げに使っていたノートを開くと一枚のメモを取り出し天下一へと差し出す。
「その、これ。セナからの手紙、です!」
「……え、セナちゃんからの?」
「え、うん。セナからの」
(幸ちゃんからのですら無かったー!)
勢いに押され受け取ったものの、すでにテンションは半減だ。
「えー、じゃああの、読ませてもらうッスわ」
「お願いします!」
「なんだろう、この、これじゃない感は」
気を取り直し、天下一はメモへと視線を落とした。
「……なに?」
書き殴られた文字は少々読みづらいが、その内容のせいか引き込まれ読むのが止まらない。
天下一の目は見開かれていき、幸はハラハラしながらそれを横から見ていることしかできない。
「……?」
読み込む天下一を眺めていた幸の視界の端に、何かが映った。
応接区画の革張りソファの足下に、転がっている、小さな何か。
「──ひっ!?」
「うおっと、どうした幸ちゃん!?」
「い、いま、ゆ、ゆ、床に……!」
天下一はすぐさましゃがみ込んで、周囲を見回した。
「……なにもないッスけど」
「えぇ、嘘っ!?」
幸も倣ってしゃがみ、ソファの下をのぞき込む。
埃の積もった書物が押し込まれていて、何かが隠れる隙間はない。
変わったところと言えば、床が湿っていることくらいだ。
「……見間違い?」
「おいおい大丈夫ッスか? ここまで急いで疲れてるんだろうし、座って休んだ方がいいッスよ」
「……うん、そうする」
もう一度室内を見回してから、幸は言葉に従った。
見てしまった物が脳裏に焼き付いて仕方がない。でもまさか、そんなわけはない。
人間の耳が落ちているなんて。
その様子を、天井に張り付いている目玉が見下ろしていた。
~~~~~~~~~~
厨房の中、椅子に腰掛けながらクックはサクランボを二つに割っていた。
コンロにかけられた大鍋ではホワイトシチューが煮込まれており、ピラフ用の野菜もボウルに揃っている。
デザート用であろうフルーツをカットしているクックの表情からは笑みが溢れていた。
種を取り、すり鉢へ入れ、種を取り、すり鉢へ入れ。
熟していようがいまいが種を取りだし、熟した果肉だけボウルに入れて、熟してない物はゴミ箱へ。
厨房には、パフェに使うとしても多すぎる量のサクランボで満ちていた。
ごぉり、ごぉり、ごぉり、ごぉり
一定量の種を取りだしたクックは、すり鉢で種を砕き始める。
ごぉり、ごぉり、ごぉり、ごぉり
堅い種だが悉くを粉状に変え、出来たのは少し灰色がかった粉末。
クックはそれをジップロックの袋へと移して空気が入らないように密閉する。
料理にはなんの彩りも与えない作業だが、彼の口の端は持ち上がるばかり。
その真意を推し量れる料理人は、この場に誰もいなかった。
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