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食客:side天下一



 扉をノックすること二回。

 「どうぞ」という言葉が聞こえてから、そっとドアノブを回して開ける。



「おーい、そろそろッスけど?」


「……すまないね。もう行くよ」


「繋がりました?」


「残念ながら、やっぱりダメみたいだ」



 白黒スウェットに銀のネックレスというチャラついたファッションのプレイヤー『天下一』は、部屋の奥にいる巨漢の男に話しかけた。

 トランシーバーを握り、悲痛そうな表情を浮かべるその男を天下一はよく知っている。

 なにせ不死狩りの自己紹介の時に能力で再現した人物なのだから。



「仇は俺たちが取るッスよ、クックさん」


「……ありがとう、天下一君。世話になるよ」


「気にするのはナシで。同じ不死狩りの仲間じゃねえッスか!」



 快活な笑みを浮かべる天下一に、クックはどこか申し訳が無さそうに首を振る。



「でもやっぱり、僕がここにいたら迷惑が」


「だーかーら。クックさんの班がまるごとやられるような相手なら、なおさら俺たちはチームで動いた方がいいって! それとも俺たち小町班じゃ不安ッスか?」


「い、いや。そんなことは」


「なら任しといてくださいよ! ね?」


「……すまない、ありがとう」


「いいッスよ礼なんて! それよかそろそろ時間だし、俺たちも見張りしないと怒られちまいますよ」


「うん、行こう」



 天下一はクックを連れて部屋の外へ。

 商業ビルの一つでそれなりに階数があり、窓の外の景色は良く、暮れなずむ西日が眩しい。

 外はビル街や摩天楼ではなく、見渡す限りの工場地帯だった。

 二人は階段を上がり屋上にたどり着くと、そこで周囲を見張っていた班員の二人と目が合う。



「あら、天下一君」


「うぃーっす、お疲れッス!」


「交代の時間かしら」


「大正解。こっからは俺とクックさんがやりますから」



 片方はタイトなボディコンチャイナドレスを着た、鋭い目つきの美女だ。

 濃紺地に青花柄のドレスが映え、ウェーブのかかった長い黒髪からも色気が漂う。

 こんな明るい時刻に似つかわしくなく、夜の街を想起させる格好だ。



「やーーーっと休憩時間かよ、足も棒になってしもうたわ!」


「おいおい、たかが一時間でしょ。男の方が先に音を上げるんじゃないッスよ」


「そげん事ば言うたっちゃ無理なもんな無理や! 暇やし疲るーし!」



 強い訛りで話しているのは、野暮ったいヘアスタイルの男。

 鳥の巣のようなくせっ毛と群青色の作務衣に加え、履いているのが下駄という奇抜さ百点の見た目がVRゲームの対極に居るように見える。



「お世話になります、『小町』さん、『大納言』さん。簡単な軽食を本部に置いておきましたので、良ければどうぞ」


「サンドイッチ、美味かったッスよ!」



 クックの言葉に見張りをしていた二人は破顔し、顔を見合わせた。



「そりゃよか、早速頂きにいくわ」


「私もお言葉に甘えて。見張り頑張りなさいな」



 どこか声を弾ませながら、二人は屋上から出て行く。

 扉が閉まるのを見届けてから、天下一はフェンスにもたれ掛かった。



「悪いッスねクックさん。飯の世話までしてもらっちゃって」


「これぐらいしかできないから、恩返しだと思ってよ。今はみんな忙しそうだから軽食だけだし、夜にはもっと豪華なものを用意するから」


「そりゃいいや。クックさんの飯はマジで美味いからなー!」


「そう誉めて貰えると、腕の振るい甲斐があるよ」


「今晩の献立とか何にする予定で?」


「そうだね、茸のピラフにホワイトシチュー、あとはサクランボのパフェとかどうだろう」


「やっべ、もう夜が楽しみだー!」



 太陽は直に沈むだろう。

 一日の経過がやけに早く感じるのはゲームの中だからだろうか。



「にしても、ちゃんと夜が来るのなら、眠ったりもできるんスかね」


「どうだろう。僕はそこまでVRゲームに詳しくないし、わからないな」


「いやー、俺も詳しくないッスよ。このゲームだって、仲間内で応募したら当選しちゃって、誰が行くかで喧嘩になったりして。ゲームの参加者なのに物理で殴り勝った俺がいく事になっただけッスからね」


「思ったより独特な理由だね……」


「そうッスかね? 俺としちゃ、クックさんみたいな人が参加してる方が意外に見えるけどな」



 柔和な笑みと雰囲気が特徴の大男は、すでに縁の下の力持ちのような立ち位置に居た。


 このゲームはなぜだか腹が減る。

 腹が減っては戦は出来ぬ。

 参加者は実感として、五感や物理法則だけでなく、生理的欲求をも実装されていることを知っているのだ。


 だが一方で、そんな能力でどう戦うつもりなのかという疑問も残る。

 クックを受け入れた後、天下一もそれを考えていた。



「そうかい?」


「能力も、こう言うと失礼かもだけど趣味の延長線上だし。そんなつもりないならゴメンだけど記念参加にも見えるんスよね」


「そんなことはないさ。補給線っていうのは長期戦になるほど重要だからね。最終的には、一人で隠れて自分だけ食料がある状況になれば勝てると思ったんだよ」


「ふーん。なんというか、俺じゃぜんぜん思いつかない考え方ッスわ。おっかねえかも」


「おっかないかぁ」



 苦笑するクックに対して、天下一は至って真面目な表情だ。

 どこか温度感に差がある会話は続いていく。


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