視線の先に:sideルリ
ノウンの言葉が聞き間違いなのではないかと一瞬だけ思うが、続いて聞こえてくる言葉がすぐさま否定した。
「欲しいのは権利だけ。賞金は山分け。教授の居る斑だけがチーム戦してるわけです。ああ、教授を抜いた五人で二百万ずつになりますね」
やけに雰囲気の良かった作戦会議。
仲間が気づいていなかったゲームのキモへの言及。
その裏付けを聞けたことは大きい、のだが。
(……誰と、話してるの……?)
「自分もどちらにつくべきか悩んでしまいますね……。冗談ですって。怖いことを言わないでください。はい、はい……。気取られては居ませんよ。見張りもついていませんし、斑のメンバーが動いたらすぐわかるようにしてありますから」
間違いなく、見てはいけない聞いてはいけない類の会話。
いつでも逃げられるという事実がなければ腰を抜かしかねない緊張感に、ルリは目眩を覚え始めていた。
「そちらはどうですか? ええ、はい……え? ……えげつないことをしますね。それで、これからは? ならしばらくは会えないでしょうね。ええ、私はこのまま北へ向かうことになるので」
(……?)
不意に、ルリの脳裏に違和感が過ぎる。
だがその正体を考察する暇も余裕も今はない。
「ええ、わかりました。貴方が脱落するようなら、このまま教授チームに与しますので」
会話が終わりそうな雰囲気に、残念さが半分、安堵が半分。
情けないため息をついて、離れるために廊下を再度確認し──
「わかりました。それではクックさんもお気をつけて」
(……!?)
思わぬ名前の登場に、急いたルリの足がもつれ倒れた。
「──誰だ!」
音が鳴った、気づかれた。
ここにいては危ない!
(ひ、ぃ、ひぃい!)
這うようにして距離をとり、エレベーターのボタンを押す。
ポケットをまさぐって、取り出したのは透明な分度器ケースだ。
中身は入っていない。
(に、逃げない方向に、なげ、投げる!)
ケースは階段へと投げ込まれ、軽いプラスチック特有の音を立てながら滑り落ちていった。
喫煙室から飛び出してきたノウンは、焦りの色も隠さずに音を追う。
「くそっ!」
理性的な顔が恐ろしく歪み、舌打ち混じりに階段を駆け下りていく。
背後には昇ってくるエレベーターがあり、その到着を祈ることしかできない。
(早く、早く、早くぅ……!)
階下、踊り場あたりで足音は止まってしまった。
それ以上を駆け下りる音の反響も聞こえず、不穏な静寂がフロアに満ちた。
(戻って来ちゃう、戻って来ちゃう)
かつん、こつん。足音が登ってくる。
戻ってきたノウンは怒りをまるで隠しておらず、鋭い目つきでエレベーターを見た。
「これで逃げるつもりだった、のでしょうかね?」
そう呟いたノウンは、再び階段まで引き返して身を隠す。
ぽーんという気の抜けた音を合図に、エレベーターの扉が開いた。
誰も乗っていない。
「登っても来ない……取り逃がしましたね。探る相手が増えてしまった。というか、なぜ孤立した自分を倒しに来なかったのでしょう。能力を知らなかった……?」
一人階段で考察を続けるノウンの声から逃げるように、ルリはエレベーターへと乗り込むと、1Fのボタンを押した。
閉ボタンを静かに押し込んで、ただ祈る。
ノウンは顎に手を当て熟考していた、ように見えていた。
扉が閉まり始める。
(なんとか、逃げ切れた)
そう思った次の瞬間、ノウンの鋭い視線がエレベーター内へ向けられた。
(──ッ!?)
ノウンの長い手が伸ばされ、扉に挟み込まれ──る前に、エレベーターの扉は完全に閉まる。
動き出したエレベーターは、高級さに比例した速度で地上を目指し降下を始めた。
(……あっぶなかったぁ……!)
位置が、存在がバレれば抵抗できない能力故に、九死に一生を得た気持ちだ。
(お、音を立ててなかった! 全然気づかれてなかった! なのに、なんで……なんで最後にバレたの……?)
地上階に着くと同時にたまらず走り出し、屋外へ飛び出す。
心の余裕は限りなく削れ、もはや周辺警戒はできていなかった。
「はぁ……はぁ……」
人通りが見やすい広めの通りでしゃがみ込み、トランシーバーのスイッチを入れる。
範囲外のためか、ノイズが聞こえるだけだ。
(……隠れ家に戻ろう)
フラフラと覚束ない足取りだが、誰かに見えることはない。
建物の壁に手を付いて、震える足を誤魔化しながら、透明人間は都会の影へ消えていった。
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