臆病者の秘密主義者
明らかに血色が悪いまま、男プレイヤーはうっすら目を開けた。
「よーしよし、いい子だ。貴様は我のイデオにより死の淵より引き上げられた。以後はこのミスラを主とし、我を勝ち残らせるために動き、そのために死ね」
「……はい、ミスラ様」
「我が勝利した暁には褒美を取らせる。よく働き、よく死ね。いいな?」
「はい」
「よし! 今より貴様には四番の序列を与える! 励めよ!」
まだ意識がはっきりしないのか、四番目の視線は泳いだままだ。
それを気にすることなく、ミスラは残る二人にも能力を使い、下僕にしていく。
「ねーねー二番ちゃん。ミスラちゃんのあのヘンテコな呪文って、意味あるの?」
「ないだろ」
「えー、無いのに毎回唱えてるのー?」
「そりゃ、ミスラ様ってそういう子だからなぁ」
「すんごい頭悪い~。そういうとこ可愛い~♪」
「こらそこー! 聞こえてないとでも思っているのかー!?」
「えぇ~? 聞こえるように言ってるんだけどー?」
「なお悪いわー!」
四番に続き、五番と六番も目を開き、起きあがった。
配管と汚臭で満ちた室内で、死者を並べて悦に入るその姿は、なるほど死者の女王と呼んで差し支えないのかもしれない。
「というわけで、我はこれより新入りにフォーメーションとかルートとかの教習を行ってくる! 一番と二番は引き続き死体を集めるように。襲われた場合は逃走重視で、イデオの使用も許可するぞ!」
「了解した」
「はいはーい了解」
スケアクロウにとってはここからが本番だ。
敵の現在戦力はおおよそ判明し、おそらく死者にもイデオの使用が可能であるという言質も取れた。
最後に本拠地の情報さえ掴めば、不死狩りなどの勢力とぶつけて両者消耗させることも可能だろう。
「では、三番。エスコートを頼むぞ!」
「うーん、ミスラちゃんの頼みならしょーがないね。んじゃ、イデオ発動っと」
不意に三番が指を鳴らす。
パチンという音色が室内に響き、同時にスケアクロウの視界が歪み始めた。
(お、おぉ、なんだ……? 視界が!)
壁がひしゃげ、床が盛り上がり、世界が粘土細工のようにかき混ぜられていく。
新入り三名が不安そうに周囲を見渡したが、ミスラは自信満々の表情だ。
「それではサラバだ。ふはははははは! ……あ、そこの新入りたちはみんなで手を繋ぐんだぞ」
高笑いを上げるミスラが三番と手を繋ぎ、三番はさらに四番と手を繋ぐ。
全員が繋がると同時に、ドボンという水音を残し、彼らは床へと沈み消えた。
(なんだ、何が起こってる……!)
遠ざかる足音と、若干の話し声。
その後も部屋の変形は止まらなかったが、ある瞬間からパッと全て元に戻った。
つい先ほどまでの歪みの痕跡は何も残っていない。
「かー、毎度わざわざご苦労だよな」
「だが、ミスラ様の懸念を考慮したら、こうするのが一番だろう」
「にしたって、部下にすら行き先を隠すって相当だろ。俺たちは絶対服従なんだぜ?」
「……洗脳能力者がいるんだ。いつまた操られ、情報を吐くかわからない。違うか?」
「……違わないな」
「慎重すぎるとは言うが、このゲームの姿勢としては真っ当だ。ミスラ様はあんなだが誰よりも臆病だろう。だからこそ、俺たちが洗脳されている可能性まで考えている。臆病が故の方針なら、理性の部分で信用できるだろ」
「それ貶してない?」
「どこがだ? 弱肉強食の世界でも、群のボスの資質でも、もっとも必要な能力は臆病さだ。この人ならば群を全滅させないという確信が、部下の能力やモチベーションを上げる」
「ふーん。戦ったときから思ってたけど、お前、筋肉まみれの見た目の割に理知的だよな」
「……間違いなく買いかぶりだ。そら、いくぞ」
両名は再び下水の入り口を開け、闇の中へと戻っていく。
その姿を見送ってから、地を這う蚊は姿を人間へと戻した。
(……まかれたな。行き先を部下にも漏らさない秘密主義者。それに洗脳能力者、か)
逃した魚は大きいものの、得た情報もかなりのものだ。
これ以上の追跡は諦め室内を見渡す。
彼女たちがどこから出て行ったのかが不明な以上、スケアクロウの最後の仕事は現在地の確認くらいだ。
ポケットから頭痛薬を取り出して噛み砕き、待機すること三分。
「よし」
気分を入れ替えて蠅へと変身し、空気ダクトを通り抜け外へと向かった。
(なるほどな、下水道を使っているなら便利な施設だ)
久しぶりに感じる太陽光を浴びながら、スケアクロウは施設の看板を確認する。
架空の街だからか市町村名などはなく、ただ『ポンプ場』とだけ書かれている。
(確か、下水の汲み上げ施設だったか? 処理場まで送るための中継地点だよな)
燕へと姿を変えて飛び上がる。
工場は南方にあったはずだが、今の現在地はマップ中央の摩天楼だ。
すぐ側には名前のない駅があり、駅前通り以外は巨大ビルが立ち並んでいる。
(中央ってのが厄介だな、方向が絞れない。今は諦めるか)
駅前にそびえるタワーマンションのベランダに降り立つと、人間形態へと戻って通信機のスイッチを入れた。
「こちらスケアクロウ。ルリ、応答できるか」
沈黙、応答はない。
ノイズ混じりの音は、ルリが電波の範囲外であることを伝えていた。
腕時計を確認するが、集合予定時刻までまだ一時間はある。
(……無理はするなよ)
一人、誰にも聞こえぬ心中で心配しながら、スケアクロウは煙草に火を付けた。
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