難敵か、それとも漫才集団か
──『死霊術士』。
あるいはネクロマンサーと呼ぶ方が通りがいいかもしれない。
死者を蘇らせ、あるいはゾンビーやスケルトンといったモンスターを生み出して使役する。
能力名にするならば、『死体を操る能力』といったところか。
「あまり騒ぐな、尾行者が居たら気取られるぞ」
(……!)
一番の一言に、スケアクロウの意識が思考の海から引き上げられた。
よく見れば二人は入り口の梯子を挟むように距離をあけて待機している。
「尾行者ねぇ、居ると思うかそんな奴」
「知らん。だが遵守を命じられたのなら、守るのが俺たちだろう」
「そりゃそうだけどさ、ちょーっと心配性過ぎないか? ここで十五分も待つの、鼻が曲がるんだけど」
「その鼻はもう利いてないだろ」
「うるさいなぁ気分だよ気分」
「ミスラ様はとにかく慎重な人だ。多分だが、手下が増えたらもっと複雑にするぞ」
「覚えられねえよ……」
愚痴に近い会話だが、見えてくるものは多い。
(おそらく、この二人は自分の意志がある。でなければここまで愚痴で盛り上がらない。だが一方で忠誠心も持ち合わせている。命じられれば守るという部分に相違が無いのが根拠だな)
延々と文句を垂れ流す二番と、それを諫める一番。
その仕草はどこまでも人間であり、ロボットめいた機械性は感じない。
(なら後は……本拠地がどこかと、ミスラの容姿の確認と……こいつらがまだイデオを使えるのか。この三つは確認しなきゃだな)
尾行にルリを連れてこなかったことは怪我の功名と言えた。
こんな反響する地下空間で通信なんてしたら声でバレそうだし、ルリの足音で尾行が失敗する危険もあったのだから。
「……よし、そろそろいいだろ。いくぜデカブツ」
「そうだな。ポイントガンマまでのルートは覚えているな? 表六玉」
「覚えろって命令されたんだぞ? 任せろっつーのウドの大木」
ようやく警戒は終わり、二人は死体を抱えて下水を進む。
一匹の蠅はそれをどこまでも追って飛んでいった。
(しかし、嫌にリアルな悪臭だな。この技術力で再現するもんじゃないだろ)
蠅は光を求めるように、右へ、左へ、迷路じみた下水道を進む。
光源は二人が持つ懐中電灯しかなく、湿気と臭気も合わさり得も言えない不快感が付きまとった。
歩くこと、実に二十分ほどだろうか。
「うし、ここだ」
「照らしておくから開けてくれ」
「りょーかい」
ようやく地上へと蓋が開かれ、外気と明かりが差し込んでくる。
スケアクロウはたまらず飛び出し、すぐさま室内の物陰へと飛び込み隠れた。
「うおっ!? なんだ今の虫みたいなのは!?」
「そりゃもう虫っしょ~ミスラちゃん」
「それはわかってるわバカチン!」
あまり確認せずだったため見えていなかったが、室内から二人分の女の声がする。
(くっせぇ……気分は最悪、だが、見ねえと……)
蠅よりももっと小さな存在──蚊へと姿を変え、部屋の天井近くまで飛び上がった。
配管剥き出しの室内はそれなりに広く、あちこちで用途も知らぬ機械が稼働している。
「時間ぴったりだな、それでこそ、この我……邪なる統率者ミスラの下僕だ!」
「あ、ミスラ様。途中で百円玉拾ったんですけどいります?」
「マジ? くれるの? ようやく二番にも真の忠誠心が備わって……っておバカー! そんなもん、ゲーム内では意味ないわー!」
「せっかく最強スメルが染み込んでるのに」
「ただの嫌がらせじゃん!」
死体を運び出す二番と漫才をしている少女こそがネクロマンサー『ミスラ』なのだろう。
清楚ちっくなワンピースは血染めになり、ハンチング帽には血の手形が付着している。
ネクロマンサーともなれば、もっとおどろおどろしい格好をしている印象が強いが、実際の見た目は真逆と言っていい。
ミスラのすぐ後ろには、炎を吹く犬のシャツを着た、どこかだらしがない雰囲気の女性が立っている。
腰まである長い金髪はボサボサで、両腕にはトゲトゲしい腕輪を付けていた。
ネクロマンサーの三人目の下僕といったところか。
「ご苦労! もちろん尾行されていないな?」
「あそこまで用心させておいて、そこを疑います?」
「なんで文句タラタラなのー!?」
「下水道でじっとしていろ、なんて命令普通は嫌がるでしょう」
「だって、それが一番バレないんだもん! 尾行対策も完璧だもん! 三番もなんとか言ってやってくれ!」
「くっさ、鼻もげるんですけどー。とりあえずトイレに流されてくんない?」
「三番ーー!?」
見た目に違わぬ口の悪さにミスラが狼狽し叫んだ。
本人の細やかさとは裏腹に、集まった下僕はどこか主人に棘が多く見える。
煽られたと感じたのだろう、二番は下水口から出てくると両手で指をポキポキ鳴らしながらガンを付け始めた。
「やんのか新入り」
「クセーもんをクセーと言っただけなんですがぁ~?」
「鼻も利かないゾンビの癖に臭いの心配とは繊細だな! いっそお前が下で作業してみりゃ気にならなくなるぞ?」
「女の子にやらせるとかマジで根性無しのフニャチン男だなぁもやし君♪」
「はい喧嘩売った! よくぞゴングを鳴らしたな!?」
「やめんかー!」
大音声を張り上げて肩で息をするミスラ。
主の制止が掛かったことで二人ともおとなしくなり、互いに「チッ」と舌打ちをするに留まった。
ちなみに一番は遺体を並べ終わった後、部屋の隅で待機もとい観戦している。
「ったく、ウチ……じゃなかった、我の前であまり無様な言い争いをするな。それでも栄誉ある死の女王の眷属か!」
「ちーっす、反省してまーす」
「あー、もしかしてぇ、ミスラちゃんカラコン変えたー?」
「くおらぁ!」
話は遅々として進まず、ただミスラがイジられたり部下同士で口喧嘩したり。
(なんだこの漫才集団は)
止める役が居ないものだから悪ふざけの終わりが見えない。
「とーもーかーく! これより、新たな部下を迎え入れるから! 邪魔するんじゃないぞ!」
「いや流石にそれは邪魔とかしませんって」
「ラインは弁えてるしー?」
「どの口が言うんだ……」
ミスラは一度首を振って、それまでと一転し真剣な表情へと変わる。
遺体の一つに跨がると、その手を胸部へと押し当てて何やら呟いた。
「獄に秘するはヘルヘイム、天に聳えし金のヴァルハラ。フィンブルヴェドの白銀にギャラルホルンが鳴り響く。大いなるフロプトよ、フギンに与えし我が言の葉を聞き届け、エインヘリヤルの魂をラグナロクに遣わしたまえ。アングルボザの子らに遠雷の裁きを!」
どこか臭い長大な詠唱の果てにミスラの手が輝き、全身に電流でも流されたかのように男の体が跳ねた。
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