邪なる統率者ミスラ:sideミスラ
「い、い、い、今、喫茶店の扉が……? 気の、気のせいだよな……?」
電子機器とモニターで埋め尽くされた窓のない部屋で、少女が小首を傾げた。
映像の町並みに変なところはなく、摩天楼南西部の様子は至って落ち着いている。
「今のは見間違い、今のは見間違い、気のせい、気のせい、バレてない、バレてない……」
呪文のように唱えつつ、キーボードを打ち込むことで画面の映像を切り替え始めた。
モニターには遺体を三つ運ぶ二人のプレイヤーの姿。
「す、すごぉい……きれい、綺麗な死体だぁ! ウヘヘヘヘ、アハハハハ……これでこそ死の女王に相応しい! 新たなる眷属との邂逅!」
良くも悪くも倫理観を咎める者はここに居ない。
「えーっと、これで六体、だからー……インカムいくつ必要なのこれ? 電気屋の倉庫に出張しなきゃダメ? まだここにあるかなぁ……。ウチ、計画性皆無!」
手元灯を付けると局所的な明かりが網膜を焼く。
「ぎゃあぁまっぶし! ……毎回やってるなぁこの流れ」
照らされたのは、膝まで隠れる薄灰ワンピースにショートタイを巻き、濃灰色のマントとキャスケット帽を被ったロリータファッションの少女。
近世舞台の名探偵アニメに登場しても違和感のない格好だが、衣服のそこかしこが赤黒く染まっているためどちらかといえば犯人だ。
見た目にそぐわない大型ヘッドフォンを装着し、配線はテーブルの上に置かれた四角い箱──業務用無線機へと接続されている。
「えーっと、一番と二番だからー……ゴホン」
ボタンのワンプッシュで、ノイズ混じりの通信が繋がった。
「我は『邪なる統率者ミスラ』! 一番、応答せよ!」
「はい、ミスラ様」
「邪なる統率者ミスラだって何度も言ってるでしょー!? なんで縮めるのさー!」
「しかしプレイヤーネームは正確な方が」
「我の希望は蔑ろ!?」
「長いと噛むので現場判断です」
「我が主人なのに独自判断を貫かれている!?」
どこか噛み合わない会話に百面相をかましつつ、少女──プレイヤー『ミスラ』は気を取り直す。
「ま、まあいい。えっとー、喫茶店内に異常はあったか!」
「いえ、ありませんでした」
「中の三人はちゃんと死んでいたんだな!」
「はい、ミスラ様の言葉の通りです」
「よーしよしよし! 最近の防犯カメラってむしろ存在が犯罪だな!」
ミスラは再確認のために、当時の映像の再生を始めた。
そこには店内に入っていく四人のプレイヤーの姿。
しばらくして喫茶店の窓に張り付いたのは、顔面が青紫色に変色した一人の男プレイヤーのデスマスクだった。
それも一瞬のことで、男はすぐに窓から剥がれて見えなくなる。
中で何が起こったのかを伺い知ることはできない。
だが映像記録上、喫茶店から出てきたのは肥満体のプレイヤーただ一人だけだった。
その男は涼しい顔をして東へと姿を消し、静寂が戻る。
「無傷の死体とか存在が奇跡みたいなところあるからな! 欠損させないように慎重に、ポイントアルファまで運搬するよーに!」
「心得ています、ミスラ様」
「その後は輸送プランAに則って極秘シークエンスだ! アクシデントにエンカウントしたら即座に連携しデストロイ! パーフェクトプランだな!」
「横文字が多くてよくわかりませんミスラ様」
「嘘付けぇ! 最初に図解で説明しただろぉ!?」
「それと、シークエンスの意味をわかっていませんよね。誤用していますが」
「わかってんじゃねえかコラァ! もういいよ!」
主人を困らせる言動が多いことに辟易し、ミスラはもう一つのスイッチを押し込んだ。
二人目の部下との通信が繋がる。
「二番! 貴様ならわかるよな!」
「通信を聞いてなかった俺に初手エスパーを要求しないでくださいよ、ミスラ様」
「確かに我が悪いけど辛辣ゥ!」
「あ、霊安室にある冷蔵庫にプリンを冷やしてありますよ」
「ほう! フフフフ、プリンなんぞ子供の食べ物だが供物は悪くな……ってその冷蔵庫って遺体保存用じゃねえか!」
「DEATHジョーク」
「なんにも掛かってないわー!」
話を始めることもできず、ミスラは右手で目を覆い天を仰いだ。
「芸人じゃねえかよぉ……ウチ……我はツッコミ役じゃねえんだよぉ……」
「用がないのなら通信切りますよ」
「あるんだわー! 絶え間ないツッコミで切り出せないだけだわー!」
「なら手早くお願いしますわ。快適な秘密基地でぬくぬく黒魔術ごっこしてるミスラ様と違って、俺たち忙しいんすよ」
「二番の方が口悪いな!」
(落ち着け、今のウチは死の女王であり邪なる統率者ミスラ。敵には無慈悲の制裁を、部下には寛大な心を……)
真のカリスマは取り乱さないし、常にカッコいい。
黒きゴシックロリータを着ていなくても、心は死の女王たれ。
「ゴホン……気のせいかもしれないが、先ほどの喫茶店で心霊現象チックな光景が観測された! 近くにプレイヤーがいるものだと考えて行動し、ポイントアルファでの待機時間を三倍にすること。我との合流場所はポイントガンマに変更して、三番は我の護衛に回す」
「いいんですかミスラ様。時間が勝負って言ってたじゃないですか」
「もちろんその通りだが、発見されるのが最悪だ。我のイデオはまさしく大器晩成型。事が成るまでは知られる危険を最小限にして、足切りやリスクヘッジも考えないといかん!」
「ま、いざというときに足切りされるのは俺たちなわけですが。やる気でないわー」
「わかりきったことでいじけるなぁー!」
あからさまにしょぼくれた声色になる二番の態度に、死の女王たらんとしても脊髄が決意を上回る。
「と・も・か・く! 我のモットーは三思後行、急がば回れ、濡れぬ先の傘なのだ!」
「若干マイナーなことわざまで知り尽くしてるの、わりと解釈一致ですわ」
「だまらっしゃい! 万が一にも我が居城の位置がバレるようなことがないよう、慎重さを忘れないようにな!」
「へい、了解ですよミスラ様」
「それでは、ポイントガンマにてまた会おう! 通信終了!」
無線は沈黙し、暗闇に静寂が帰ってきた。
画面の一つには変わらず大通りを運搬する一番と二番の姿も映っている。
「……うえへぇ~、こんなんじゃウチ、とてもカリスマ女幹部じゃないんだけど。もしや眷属と会話可能にしたのは間違いだったか?」
思わず頭を抱えながら、ミスラは首を左右に振る。
戦略としては間違っていないはずなのだから。
「ともかくポイントガンマに移動しなきゃ……あそこ臭いから嫌いだけど、バレたくないしなぁ」
ヘッドフォンを卓上無線機から外し、持ち運べる携帯無線機に付け直す。
コード類は衣服の中に押し込んで見栄えも維持だ。
スカート下に巻いたベルトには、合計六つの無線機ホルダーを装着している。
これで六人まで増えても通信対応可能だろう。
「ともかく、大勢がドンパチしてるうちに……ウチが勝利をかっさらう。我こそは邪なる統率者ミスラ。ふふふ、死の女王である! フハハハハハハ!」
独り言は全て暗闇と電子機器に吸い込まれていく。
誰が聞いているわけでもないが、そんなことは関係ない。
大事なのは没入感だ。
「ハハハハハハハ……はぁ。ゴスロリ専門店とかあるかなぁ」
衣服への不満を漏らしながら、不穏なるプレイヤー『ミスラ』は隠れ家の扉を開け、合流地点へと向かった。
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