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暗雲



 小走りで住宅街から摩天楼へ。

 大樹から南西方向なら、豪邸からは比較的近所だ。



(たしかクック班は南西だから……)



 見えないとはいえ、足音を聞かれると面倒なのは間違いない。

 なのであえて大通りに出て堂々と進んでいく。

 路地は視界が狭くて接近に気づけない可能性も大きいからである。



(……すごい静か)



 物音の一つもないとまでは言わないが、それにしてもプレイヤーの気配がない。

 スケアクロウが言うにはフィールド全体はかなり広いようなので、指標なしに探すのは現実的ではなかった。



「……スケアクロウさん、何か見えますか?」


『いや、上から見た限りどこにも見あたらない。ビルの中にいるのかもしれないから気をつけてくれ』


「了解です」



 安心はできないが少しだけ緊張も取れた。

 小走りで大通りを駆け抜けて異変がないかを確認していくと、見えない違和感を感じ足が止まる。



(……良い匂い?)



 香ばしいような、明らかに料理や調味料の香りだ。



(誰かが料理してる……クック?)



 料理と言えば、真っ先に思い浮かぶ人物だ。

 香りを辿れば喫茶店の窓から溢れてきており、店舗内も電気がついているのがわかる。

 ドアを開ければあからさまにバレかねないと、ルリは裏口へと回り込んでいった。



(誰か居るのかな、ここを拠点にしてるとか……そっか、食料のある場所を押さえたんだ)



 推定クック班の思考を受け売りの知識で推測しながら、慎重に店内へ。

 ドアを開けるとコンソメの香りがなおさら溢れかえった。

 だが人の気配はなく、声も聞こえない。



(誰も居ない……?)



 足音を絨毯が消してくれるおかげで慎重になりすぎる必要が無く、どんどんと奥へ。

 そして喫茶店のホールにたどり着いたとき。



「ッッ!?」



 倒れる三名のプレイヤーが、喉を押さえ顔を真っ青にして倒れ伏せ、泡を吹き絶命している。

 このリアリティ溢れる世界でこの光景を見て、現実で殺人事件を目撃するのとどんな違いがあるというのか。

 それでも叫び声をあげるわけにはいかない。



「はぁー……はぁー……!」



 触れる勇気が出ない、近づくこともできない。


 けど多分、きっと、死んでいる。


 彼らの近くにはスープが散乱しており、それが最後の晩餐になったことは明らかだった。



(……きも、ちわるい)



 雰囲気に飲まれたのか、スープの香りを嗅いでいたからかは不明だが、思わぬ吐き気に我慢できずにルリは店から逃げるように飛び出していった。



「けほ、こほっ、げほっ!」


『どうした、なにがあった』


「か、かい……スケアクロウさん」



 大通りのベンチに腰掛け、深呼吸。

 周囲を気にする余裕もなく、頭の中は真っ白だ。



「く、クック班のひとが……死んで……!」


『なに!? クックも死んでいたのか!』


「い、いえ……クックは見あたらなくて……でも、厨房で死んでるかも……」


『今向かう、少し待っててくれ』



 誰かが三班を抹殺したのだろうか。

 一網打尽にできるだけの強能力者が残っているというのなら、ルリたちに手が出せるわけもない。

 追加調査は間違いなく必要で、あとはスケアクロウの判断を仰ぎたい。



『──まて、ルリ、息を止めろ! プレイヤーが二名、近くにいる!』


(!?)



 見えなくとも両手で口を押さえ、荒い息を納めにかかる。

 言葉の通り、大通りを二つの人影が闊歩しルリへと近づいてきていた。

 腹部を真っ赤に染めた大男と、背中が血で染まった細身の優男の二人。

 彼らの足下まで血液が垂れ流れ、赤い足跡を残していく。



(い、い、生き、てるの? 死んでるの?)



 彼らは喫茶店内へと入っていき、中でなにやら大きな音を立て始めた。

 恐ろしくて固まっていたルリの近くに、燕が一羽舞い降りる。



『ルリ、どこだ』


「か、す、すけ……ベンチ、座ってる……!」



 すぐさま燕はベンチの背もたれに止まると、トランシーバーを介さない声を耳元に届けてくる。



「奴らは中だな」


「そ、そう……そう」


「入れそうか?」


「む、りぃ……!」


「わかった、俺が行く」



 燕が裏路地へ向かって飛んでいく。

 きっと戒場ならば上手くやるという信頼はあれど、その揺り戻しのように情けなさがルリの胸中を満たしていた。



(……私にしか、できないこと)



 辛さに歯噛みし、唇を噛む。

 だがルリにとって追い打ちのように、先ほどの二人が喫茶店から出てきた。

 大男の両腕に一人ずつ、優男が背中に一人、三人分の死体を回収し彼らは大通りを南下し始める。



「す、スケアクロウさん。表口から二人が出てきました」


『なに! どんな様子だ!』


「し、死体を……回収していきます……」


『俺が追う! ルリは店内の再調査だ。できるか?』



 『できるか』と、そんなことを確認させてしまうのは相棒失格なのかもしれない。

 だから、今度こそ期待に応えなければ。



「でき、ます。やります。どっちでも、やる、から」



 ふらつくし、吐き気もする。

 それでも共闘というものは、対等な関係でこそ成り立つものだから。


 ルリは誰にも見えない滴を拭い、店内へ足を踏み入れていく。




 その様子を、大通りの街路灯の上から見つめる一機の防犯カメラ。

 レンズの奥から見つめる視線に気づける者は居なかった。





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