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空腹は戦略性を生む



(まさか、ここまで想像を越えてるとはねぇ)



 摩天楼から住宅街に脱出したスケアクロウは、警戒を緩めずに豪邸へと駆け込む。

 裏口から迷い無く飛び込んで、ドアを閉めるとやっと一息ついた。



「あー、しんど」



 みるみるうちに犬耳が消え、色も元の水色パーカーへと戻る。

 袋の中を確認し、蕎麦の汁が溢れていないことにため息が漏れた。



「あ、おかえりなさい!」



 何も見えずとも居るらしく、鈴を転がしたような声が聞こえる。



「おう、ただいまルリ。書斎の準備はできたか?」


「たぶん、見れるようになってる、かな?」


「よし、そこで飯食いながら見るか」


「はい!」



 元気の良い足音が奥へ引っ込んでいった。

 わずかに苦笑しながら、裏口の鍵を閉めて書斎へ。



(ハッカーからの連絡は一切無し。定時連絡もできない。そもそも手段がない)



 ゲーム開始からこれまで、何も変わったことはない。

 ゲーム外で何か起こっているのか、起こっていないのかすら不明だ。

 メニュー画面もログアウトも無いゲームなんて初めての経験だった。



(俺が勝つしかない可能性もあるよな)



 捜査官なのだから、連携は前提だが希望的観測もするべきではない。

 だが全員を殺す必要があるということは、共闘中の少女をも手に掛けることを意味していた。


 書斎に入れば椅子が二つ並べられていて、共に食事をとれるようになっている。

 椅子の片方は不自然に沈み、彼女がすでに座っているのがすぐわかった。



「ほれ、蕎麦。お茶でいいよな」


「あ、うれしい」



 食事を並べ、空いている席に座る。

 ひとりでに蕎麦容器が開封されていく様子はなかなか見れない光景だ。



「戒場さん、それだけでいいの?」


「あ? いいんだ。こう見えて小食なんだよ」


「そんなにおっきいのに」


「胃袋は小さいんだ」



 言いながら、開封したホットドッグを一口。

 ピクルスとケチャップの酸味と、ソーセージの食感が現実感を叩き込んできた。



「じゃあ、再生しますね」


「おう。作戦会議だな」



 映像が再生される。

 場所は大樹前、不死狩りたちの自己紹介が頭から録画されていた。

 録画場所から考えると、会場内に紛れて撮影されたものなのは間違いない。



「気付かれなかったか?」


「大丈夫、だと思うよ。私みえないし。紹介が終わった人は会場から離れたり、逆に入ってきたりもしてて、みんな動いてたから足音もひっきりなしだったし」


「ならいいけど」



 最初に自己紹介をしたのは肥満体のプレイヤー『クック』だ。能力は『ゴミを食料に変える』というもの。



「これ、面白いよね」


「……」



 続いて、それを模倣するフルコピー能力者『天下一』が登場し、巨漢が二人というインパクトある絵面が生まれる。



「なあルリ」


「どうしたの?」


「このクックってやつは、なんでこんな能力を選んだと思う?」


「え?」



 スケアクロウは画面を一時停止し、ルリに問いかけた。

 突然のことに蕎麦を掴んだままの箸が、空中で静止する。



「なんで……えー、なんでって言われても」


「少し考えてみろ。天下一ってやつがフルコピーを選んだ理由ならどうだ?」


「それは、うん。いろんな能力になれるから?」


「もう少し深く」


「えぇ?」



 顔は見えなくても困っているのが気配で簡単に察せられた。

 それでも戒場は答えを待つ。



「強い能力にもなれるし、隠れる能力にもなれるから?」


「そうだな、汎用性が高い。ただ強いだけじゃすぐに袋叩きにされるのは、最初のロボットや怪獣を見りゃわかるだろ?」


「うん……私も、隠れてれば長く生き残れるって思ったから、『透明化』にしたし。戒場さんの『変身』も、そう、だよね?」


「ああ。ただの人間より強くもなれるし、速くもなれるし、隠れることも、空だって飛べる。みんな生き残るための能力を持ち込んでいるはずなんだ」



 ホットドッグを一口囓り、咀嚼しながら勢いよくコーヒーで流し込んだ。



「もう一度聞くぞ。なんでクックはこんな能力を選んだと思う?」


「……なんでだろ? 戒場さんはわかるの?」


「予想だけどなー」



 蕎麦を離した箸が、容器の端にトントンと叩きつけられる。

 答えの催促だと受け取った戒場は、ホットドッグを見せつけながら──どこに顔があるのか正確にはわからないが──言葉を続けた。



「なんで、俺たちは今、飯を食ってる?」


「えぇ? そんなのお腹がすいたからでしょ」


「じゃあ、なんで腹が減ったんだ? ここはゲームの中だぞ?」


「そういうゲームもあるよ。こんなにリアルにお腹が減るゲームは初めてだけど……。サバイバルだし、お腹も減るように作られてたんじゃないかな」


「そうだな。逆に言えば、腹が減らないならクックの能力は無意味で無価値だ」


「……」



 戒場は内心で一人舌打ちをした。

 このCentono(ツェントーノ)はサバイバルゲームを謳いながら、全プレイヤーが同条件ではない。

 もっとも、推測可能なその理由を少女に説明することはないだろう。

 捜査上の秘密というやつだ。



「つまりだ、クックはゲーム内で腹が減ることをあらかじめ知っていたんだ」


「な、なるほど……?」


「なんだその声、不満そうだな」


「でも、だって……だから何って思っちゃって。ご飯が食べられるだけじゃ勝てないよね」



 舞台になっている摩天楼にはいくつかの飲食店や食料店、コンビニエンスストアだってある。

 現に、能力のおこぼれに預からなくてもこうして食事にありつけているのだ。

 ルリの疑問は全うと言えた。



「食べる必要がないっていうのと、食べ物があるから問題ないってのは、全く違うんだよ」


「え、え? 同じじゃないの?」


「じゃあまず聞くが、俺達がさっきまで抱いていた食欲って、ルリは我慢できたか?」


「えぇ? うーん、ある程度は? 結局、お腹が空きすぎて鳴っちゃったけど……」


「そうだなぁ。空腹で明確に苦しむように設定されているわけだ。少なくとも、自然と『食事しよう』と考える程度には」


「それは、そうかもね。現実の空腹より、ずっと早いし、ちょっと強い食欲かも。いつまで耐えれたかはわからないかな」



 ポンポンと腹を叩いているのだろうか。

 聞こえるリズミカルな音が少し微笑ましい。

 だが、今しているのは真面目な話だ。



「それを前提にして考えてみろ。飲食店に前もって隠れておけば、高確率でプレイヤーは食料を求めてやってくる。罠を仕掛けたり、不意打ちを仕掛けるのにもってこいじゃないか?」


「あ……」



 そう、()()()()()()()()()のだ。

 食欲の大事さに気付く前に、能力バトルが激化して店が全て崩壊する可能性だってあった。

 食料というリソースは、その重要性に気付いた者から利用価値を見いだす。

 巨大な食料品店などがあるならば、そこを基地にする者も現れるだろう。



「で、でも、ゲームでそんなものを設定する必要って、あるの?」


「そりゃあるだろ。永遠に隠れているわけにはいかなくなる。盤面が動きやすくなる。取引なんかにも使えるかもな」


「……」


「今現在、どれだけの食料がフィールドに残っているのかはわからない。空腹がどれくらいのスパンで発生し、食事をしない場合にどんなペナルティが起こるのか、餓死まで行って脱落するのかもわからない。そんな中で、クックは食糧問題を一人で解決できる。つまり利用価値があるんだ」


「利用価値?」


「食料が無くなれば無くなるほど、クックを殺せなくなっていく」


「……なるほど」


「同盟に入ったのも、全員に食事を振る舞ったのも、自分の価値を見せつけるためだろうな。不死狩りが長続きすればするほど、やつの料理への依存度が増していく。あいつは後半まで生き残りそうだ」


「みんな、ちゃんと考えてるんだねぇ……」



 少し気落ちした声と共に、再び箸が動き始めて蕎麦が虚空へと消えていく。

 戒場は再生ボタンを押して映像の続きを確認し始めた。


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