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千変万化の潜入捜査



 空を飛ぶこと数分。

 プレイヤーネーム『スケアクロウ』は燕の姿で路地裏へと舞い降りる。

 

 その場で蠅に変身しさらに体を小さくすると、路地の換気口から店内へと進入していった。



(おっとと……やっぱり複眼ってのは見えすぎて気持ち悪いな。次からは目だけ人間にするか?)



 ふらつきつつもバックヤードで人間の姿に戻り、起動しっぱなしの監視カメラ映像をチェック。

 今のところ、店内に他のプレイヤーは居なさそうだ。



(よし、ここならいいだろ)



 複数の店舗に出入りしたが、どこも電気や設備は基本的に起動している。

 まるで通常営業中に人間だけが消えた町。

 これら現代文明もゲームで有利に立ち回る要素として使えるのだろう。


 照明と空調がつきっぱなしの店内に足を踏み入れ、籠を片手にまずは弁当コーナーへ。

 暖かいかき玉蕎麦と、ホットドッグにヨーグルトをチョイスする。

 それと緑茶に、缶コーヒー。



(流石に名前をそのまま使っちゃいないが、見た目からよく似せてる。包装に食べ応えに味……飯だけじゃなくタバコもだ。味良し吸い心地良し)



 レジの前まで移動して財布を取り出そうとポケットをまさぐり、気付いた。

 金なんて持っているわけ無いし、払う相手も居ないと。


 誰も見ていないと知りつつ、少しだけバツが悪そうに後ろ頭を掻きながら、レジの内側に移動して食事をレンジで暖め始める。



(このリアリティ。映像みたいな表面上だけじゃない、五感まで含めた疑似体験だ。こりゃゲームじゃねえ、第二の現実みたいなもんだろ)



 売場からお気に入りのタバコ──によく似た銘柄をカートンで拝借して、ビニール袋へ。


 そうこうしているうちに軽快な電子音が鳴り、レンジから溢れ出す出汁の香りが嗅覚を刺激した。

 持てば熱いし腹も鳴る。



(これが、秘匿された最先端の脳科学と、仮想現実の融合……か)



 袋詰めもほどほどに、ざっと店内を見回して他に必要なものが無いかを探す。

 懐中電灯、飲料水、タオル、ティッシュ、大量の頭痛薬……。


 ふと店舗用トイレが視界に入って思い出したが、排泄に関する欲求はない。

 サバイバルゲームなのだから、進行の邪魔になるという判断だろうか。



(ええっと、水無し一錠)



 早速、頭痛薬を開封して飲み込む。

 もちろん薬効まで再現しているわけではないだろうが、頭への痛みを和らげるというシステムが組み込まれていてもおかしくはない。


 スケアクロウはこのゲーム中、頭痛と上手く付き合う必要がある。


 結局、大サイズの袋二つになってしまったので飛んで持ち帰るのは難しい。

 仕方なしに『変身』を使い、衣服だけでなく皮膚まで真っ黒に変貌した。

 裏口から裏路地に飛び出して、慎重に隠れ進んでいく。



(耳の良い動物ってなにがいたかな。コウモリはダメか、聞こえすぎる。安直だがわかりやすい奴でいくか)



 スケアクロウの頭部がモコモコと蠢き出した。

 人の耳を残したままに、頭にも犬の黒耳が二つにょこりと生える。

 四つ耳が異常な量の聴覚情報を脳に叩き込み、眉間の皺がいっそう深まった。



(あっ……たまいてぇ~。目が増えるよりはマシだが、耳が増えたときの情報量も洪水だな……。早いとこ帰るか)



 幸いにも頭痛薬は即効性らしく、痛みはそれほどでもない。

 路地から路地へ、早足で移動し異音が聞こえたら立ち止まる。

 その繰り返しだ。


 壁の質感に湿気、ダクトから溢れる悪臭。

 どれをとっても通常のVRゲームとは次元が違う。


 それを実感するほどに、スケアクロウの記憶の底から上司の声が蘇る。

 およそ一週間前の職場での会話が。



~~~~~~~~~~



「自分が、ですか?」



 その日、スケアクロウ──戒場 法彦(かいば のりひこ)は上司に呼び出され、言葉に緊張が滲んでいた。

 相対する髭面上司のデスクには『サイバー犯罪対策課 課長』のプレートが光る。



「そうだとも戒場君。君は先日実施したVR適合テストでも満点を出しているし、そちらの知識も深い捜査官だ」


「適合テストったって、VR酔いをしやすいかどうか、くらいのもんでしょう?」


「潜入操作中に嘔吐感で行動できなくなる者と比べるべくもないと思うがね」



 VRゲーム全盛期の現在、画面酔いならぬVR酔いというのは聞き慣れた単語の一つだ。

 空を飛んだり、音速で疾走したりと、仮想現実ではやりたい放題なコンテンツが多い。

 だが人間の三半規管は現実と視界の差によって狂い、酔ってしまうという。



「潜入先は例のゲームですか?」


「そうだ。有限会社『色彩』が提供しているインディーズゲーム『Centono(ツェントーノ)』」


「たしか、もう外部のVRゲーマーを送り込んだんじゃありませんでしたっけ?」


「ああ、だがダメだ。連中、何も覚えていないの一点張りだよ。金でも掴まされたのかもしれん」



 課長が深いため息をついてみせる。

 デスクの上には資料が並べられており、その一つに『要注意団体』として色彩の名前も記載されていた。

 赤ペンで強調されている資料上の容疑は『賭博場開帳図利罪』と、『景品表示法違反』の二種類。



「ですがそれは、これまで接触したプレイヤーも同じでしょう。参加したと嘯くやつほど何も覚えていないと言う」


「同じといえば同じだが、運営側の指示で口裏を合わせているとしか思えんだろうが!」


「うーん。人の口に戸は立てられないと思いますがねぇ」


「やかましい。ともかく、ホワイトハッカーも動員して君の状況のモニタリングと、ゲームへの干渉も行う予定だ。言わばガサ入れだな」



 鼻息を荒くする課長の気持ちはサイバー課の誰もが理解していた。

 すでに『VRゲームを遊んだこと』が原因での死者も出ているのだ。

 しかもそのうちの何名かはCentonoをプレイすることを掲示板に書き込んでもいたと来れば、ほぼ黒と見るのが普通の感性だろう。



「礼状はあるんですか?」


「それは笑うところかな?」


「申し訳ありません、愚問でした」


「ふん。例の会員制掲示板を張っていた者によれば、次の賞金は一千万円らしいぞ」


「ぶふぉ!?」



 荒唐無稽な金額に戒場は思わず吹き出してしまう。

 その様子を見ても課長は無礼を咎めない。

 きっと同じ気持ちなのだろう。



「い、いやいやいや。あからさまに違法じゃないですか」


「そうだ。だから礼状が取れた」


「おかしいでしょ、企業側が違法なアナウンスをして平然としてるって」


「いつものことだ。あくまで色彩側はゲーム大会を開催するとしか言っていない。金額や景品についての情報を流しているのは匿名掲示板の名無しだよ。そして書き込みを見ている住民は信憑性を誰も疑っちゃいない」


「か、書き込んだユーザーの特定は?」


「難航している。ご丁寧に海外サーバーを多数経由させているからな」


「めんどくせぇ……」



 戒場が額を押さえていると、課長が新しい書類を取り出してデスクに置く。

 書いてあるのは調査内容、つまりは指令書だ。



「君の任務はゲームに参加し、実際に一千万円を受け渡す現場を押さえること。あるいは、ホワイトハッカーがシステムに進入しその現場を観測できるようになった後のバックアップだな。そしてもう一点、VRゲームで人が死ぬような原因があるのかの調査も含まれる」


「礼状があるんだから、現実の方のガサ入れじゃダメなんですか? サーバーのデータを解析するとか。特に後半の死因についてはモニタリングしてもらってから専門家に調べて貰う方が確実でしょうに」


「事件が仮想空間で起こっているなら、そこも捜査するのが当然だろう。同時進行だ。プレイヤーの生の声も拾っておきたいしな」


「はぁー、左様で。俺が適任っていうなら、了解しましたよ」



 礼状を受け取って一読する。


 ゲームに対するスタンスは他のプレイヤーと同じだ。

 あくまでゲームのルールに則って一位を目指し、そうしている間に戒場をモニタリングしているハッカーたちが何とかしてくれる。

 役目は可能な限り長くゲームと回線を繋いでおくこと。



「どんなゲーム内容なのかすら判明していない。頼むからなるだけ長時間粘ってくれたまえ」


「やるだけやりますが、恨まないでくださいよ、ほんと」



 後ろ頭を掻きながら、資料をまとめて手にとってページをめくる。

 すると、少し気になる情報が目に入り戒場の指が止まった。



「課長。この出資団体の一覧なんですけど」


「それがどうした」


「ただのソフト開発会社に脳科学研究所が出資してるんですね?」



 外国の研究機関が、しかも二社。

 他の出資団体と比べてどうしても浮いて見えていた。



「気になるのか?」


「なんとなく、少し? この二社のデータもあれば欲しいんですけど」


「用意させよう、明日には届ける。君は当日まで、他のインディーズゲームでも遊んで慣らしておけ。公務員が勤務時間にゲーム三昧だ、嫌とは言わんな?」


「ゲームをするのにここまで憂鬱な気分になるのは初めてですよ」



 不満ありありの文句を残して、戒場はサイバー犯罪対策課を出る。

 これが一週間前の出来事だった。



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