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『ルリ』と『スケアクロウ』



 時間は少し巻き戻り、決起会の立食パーティーでのこと。


 二班に配属されたプレイヤー『サトリ』は一人、違和感を感じていた。



(おかしい)



 セナの一挙手一投足へと警戒し、相手には一瞬の気の緩みも許さない。

 そういう立ち回りが必要なこのタイミングで、想定外の情報が彼を混乱させていたのだ。



(一人、多い)



 何度も数えたから間違いない。

 不死狩り同盟への参加者は二十七名。

 目視で確認したものの、会場に見知らぬバカが混じっているわけでも無かった。


 それなのに聞こえる声の数が合わない。



(周囲のビルは範囲外……この同盟を探るプレイヤーが居るのだろう。だが、私に見つけられないのはどういうことだ)


「サトリ、どうしたの?」



 セナから声をかけられるとは想定していなかった。

 動揺を口に出すヘマはしないが、やはりなにか感づかれてしまっているらしい。

 サトリはそう自己分析をし平静を装う。



「……何がだ?」


「食事の手は止まっているし、かといって会話にも入ってこないし」


「おうおう、食べておいた方がいいぞ! 次にいつ食事にありつけるかもわかんねーんだから!」


「まあ、そうだな」



 サトリは言われるがままにフォークを動かし、ローストチキンを口に運ぶ。

 その間も眉間に皺を寄せ、円卓の周囲をにらみつけていた。



(……む、数が……二十七に戻った)



 尻尾を掴むことは叶わず、気がつけばセナも席にいない。

 会場の中央を見れば、料理をよそっている最中のようなので問題はないだろうが……。



(何を動揺しているんだ、私は。すべてが上手く行くはずなんてないだろう)



 魚はすでに逃した後。

 ならばこれ以上、パフォーマンスを下げる理由にするわけにはいかない。


 目の前の料理を平らげ、一息つく。もうそこには普段のサトリが戻っていた。


 だが悲しいかな、セナはなかなか卓に戻らず、探しに行くのも不自然。

 ジャンヌが卓に戻った時点で、離れようとしたら釘を差されるのも目に見えてしまいもはや動けない。

 明確なやらかしと言えた。



(……くそ、次はない。次はもうこんなことは)



 結局、セナが戻ってきたのはたっぷり三十分ほど後のこと。

 逃した魚はどちらも大きく、どちらも得ることはできなかったのだ。



~~~~~~~~~~



 不死狩り決起会の会場から足音が一つ遠ざかっていく。

 瓦礫の間を、路地裏を、大通りだって堂々と。

 何名かの参加者とすれ違ったものの、足音の主は気付かれることなく離脱に成功する。


 そのプレイヤーは、一切の姿が見えなかった。



「はぁ、はぁ、はぁ……」



 周囲にもたらされる情報は、軽い足音と少女の荒い息づかいだけ。

 摩天楼のビル街の端、西側に広がる住宅街へ駆けていく。

 その中でも最も大きい三階建ての豪邸の門が開けっ放しにされていた。



「あ……」



 空を一羽の燕が飛んでいる。

 見えない少女より一足早く、豪邸三階の開けっ放しの窓から中へと入っていくのが見えた。

 それを追うように、足音が門を潜って敷地内へ進むと真っ直ぐ豪邸の裏口へ。

 階段を駆け上る音が最上階に到達すれば、そこでは一人の大男が煙草を吹かしてリラックス中だ。



「刑事さん!」


「こーら、刑事は止めろって言っただろ?」


「は、はい! 戒場(かいば)さん!」


「ちゃんとプレイヤーネームで呼んで欲しいんだけどな……」



 刑事職に到底似つかわしくない、水色のメンズパーカーと黒パンツという姿の男。

 身長2メートルはありそうな大柄の体と、年季が見え始めた顔立ちに眉間の皺が特徴的だ。

 外見年齢は三十代後半といったところか。



「ルリの方はどうだ。バレなかったか?」


「その、たぶん大丈夫……。映像も持って帰ってきたよ」


「上出来だ。やっぱり、飲み込みが早いな」


「そ、そうかな……えへへ」



 何もない空間から突如スマートフォンが出現し、戒場へと手渡された。

 まるで驚く様子もなく、受け取った男は中身の確認をするためファイルチェックを開始する。



「容量、結構でかいな。書斎にあるパソコンで見──」



 ぐぅぅぅううう……。



「あ、わ、ちょ、あの……!」



 鳴り響いた腹の虫と、慌てふためく羞恥の声。

 いくら見えずとも状況を理解するのには十分すぎる。



「……じゃ、データをパソコンに落として見れるようにしておいてくれ。できるか?」


「う~~……えっと、うん。できると思う」


「俺は簡単な食事を取ってくる。近くにコンビニがあったと思うし、あそこでいいだろ」


「あ……、ありがとう戒場さん!」


「『スケアクロウ』、だろ?」


「だって、長いし、言いづらいし。外で呼ぶときは気を付けるから」


「本当だぞ?」



 タバコを携帯灰皿に押し込んでから戒場は立ち上がり、開けっ放しの窓の前に移動し軽く屈伸をし始める。



「嫌いなものとかあるか? 食えないもの」


「ええっと、ゴーヤと、あんことー……脂っこいお肉はちょっと」


「食べたいものは?」


「……お蕎麦?」


「よし、待ってな」



 体をほぐし終わった大男は、みるみるうちにその巨体を縮小させていった。

 身に着けていた衣服ごと変貌し、手乗りサイズの燕と化す。

 穏やかに吹く風に乗り、燕は空へ飛び出してあっという間に見えなくなった。



「……うん。お手伝い、がんばろっ」



 見届けた少女が誰に見えずともガッツポーズを取る。


 透明化の能力を持つプレイヤー『ルリ』は、漲るモチベーションと共に階段を下りていった。






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