時計はもう動かない:sideクロックマスター
現れたのは、微笑むジャンヌ、不機嫌そうな顔でしゃがみ込んでいる大鼠、ステッキを鳴らすベートーヴェンに、後方に控えるサトリの四名。
「ごきげんよう、クロックマスターさん」
「……だ」
「救援の判断が素早いですのね。しかも第一班には送らない。半分正解です」
「……んでだ」
「とはいえ、無効化二名と遠距離攻撃に挟まれて、どうにかなるとも思いませんが」
「なんでだ! なんでだよジャンヌさん!」
不死狩りの聖女ジャンヌは、少し呆気にとられてから、小首を傾げて当たり前のように言い放った。
「だって、邪魔でしたから」
「なっ!」
「時間停止に事象無効化、斥力操作……本当は大気操作も消したいくらいでしたけど、そこはまあ教授さんとの話し合いで決まったことですので」
「はーっはっはっはっは! 私におっかぶせてくるとは良い性格をしているな聖女サマは!」
「事実でございましょう」
勝ち目は、もう無い。
あとはただ、散り散りに逃げて生き延びられるかどうかの賭けに出るだけ。
「ひ、ぃ……そんな……」
だがどうしても、隣で震えながら札を握りしめる少女を見捨てることが、クロックマスターにはできそうもなかった。
「さあ、そういうわけですので静かにお眠りになって──」
「うわあぁぁぁあああ!」
叫んだのは斥力操作の少女。
己の足裏と地面とを反発させて一息に飛び出すと、奇しくもさっき死んだ仲間と同じ愚直な特攻に挑む。
ジャンヌは圧縮しようとしたが、止めた。
「おおっとこっちかね!?」
少女が教授を狙っているとわかったから。
「なーんてね! 私には素晴らしいこの力がある! イ~ッデオ!」
ピタリ。
教授まであと数センチという地点で、少女は空中で制止させられる。
だが浮かべている笑みは勝ちを確信した者のそれだ。
「直接食らって消し飛べ!」
彼女の指先が僅かだが教授の腹部に触れた。
少女が重力に伴って落下するのに合わせ、爆音が響きわたり幼女が体を折り曲げる。
瓦礫の上に投げ出された少女は痛みに悶えながらも顔を上げ、獰猛かつ暗い笑みを浮かべた。
が。
「は、ははは、はは……は?」
「やれやれ、私じゃなければ死んでいたよ君?」
傷一つ付いていない。
そもそも吹き飛んでいない。
確実に発動し、無効にもされなかった。
だというのに。
「ふ、浮遊で……いなせるわけが……」
「ボーナスタイムは終了だよ」
「や、いや、やめあぼごぉ」
ぐしゃりと聖女に握りつぶされて、また一人脱落した。
「あ……あ……」
クロックマスターの足が竦んで動かない。
(虚偽申告だ。教授の能力は、指定浮遊なんかじゃない……!)
斥力をたたき込まれて吹き飛ばないという異常。
自然法則に干渉したその力の底はとても見通せなかった。
「くそ、私が動ければ……私さえ動ければ……!」
無効化二人体制で完全に封じられた最強が絶望を漏らす。
もはや、最後の賭けに出るしかない。
クロックマスターが隣の少女の手をそっと握りしめると、応えるかのように握り返された。
「頼む」
「は、は……はいっ」
ようやく完成した、即席の障壁札が貼られる。
範囲は極小、効果は範囲外からの能力干渉を受け付けないというものだ。
あくまで外からの遮断であり、中にいる者は能力の使用が自由となる。
能力由来の結界を無効化するために、一瞬生まれるタイムラグ。
徹底マークされていたクロックマスターがイデオを使用する最後のチャンス。
「時よ止まれええぇぇぇ!!」
ザクッ。
そんな音が聞こえた気がした。
能力は間違いなく発動し、世界から色は消え、今は時間が止まっている。
それなのに、体を動かすことができない。
「が、ご、ぼ……」
クロックマスターの口から大量の血潮が溢れ出す。
(集中ができない、能力が切れる……!)
何が起こったのか、それすら理解できないのか。
必死に、食らいつくように腹部へ視線を向けた。
包丁が突き刺さっていた。
背後から、腰に手を回し抱きしめるような形で。
(うごけねぇ)
今思えば、二班で見えているのは四名だけだった。
五人目のプレイヤーが、今まさに背後に居るとしか考えられない。
そんな気配も足音も、何も聞こえなかったのに。
(いつ、のまに……!)
振り払う力も残らず、結末を見ることもできない。
無敵であるはずの止まった時間の中で、クロックマスターは静かに意識を失った。
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「いやー、斥力君が飛んできたとき、もっと早く援護できなかったのかい!?」
「申し訳ありません、思わず手が止まりました」
「はーっはっはっはっは! めちゃくちゃ嫌われてるよ諸君! はっはっはっは!」
危険分子を集め結成したクロックマスター班の殲滅。
その裏協定は無事に達成され、今はリーダー同士の後処理だ。
残り二名になった時点で相手はもはや無能力者、負ける道理は無い。
「いやあ、無効化さえ渡さなければなんとかなると思っていたし、実際その通りになったけどさ。想像より粘られたね!」
「結界の能力は表面上わからないことが多すぎました。だからこそ消したわけですが。まあ判断は正解だったということにしておきましょう。幸い、互いに損害はありませんし」
「とはいえこれっきりさ! 私はね、この配置をもっと疑われるかと冷や冷やだったんだよジャンヌ君! なにせ北側だけが過剰戦力過ぎる!」
「疑われなかったから実行したんじゃないですか」
「その通りだけどね! はーっはっはっは!」
不死狩りが十全に機能し、本当に不死をすべて排除できたなら、その時点で事実上の解散となる。
その時、万が一にも生き残っていたら困る能力者というものは間違いなく存在していた。
「わざわざ六つに分けた甲斐がありました」
「いやまったくだ、この同盟には最終的に空中分解してもらわなければ困るからな! ふはははは!」
結局は、他者を追い落とし己が利を得るのが原則。
それを真に理解したものだけが生き残る。
弱肉強食だ。
「じゃあ、私たちはこれで失礼させてもらおうか。同盟の本分もちゃんとこなさなければね」
「わかりました、それではこちらも失礼します。セナさん、行きますよ」
「……了解」
絶命したクロックマスターらを漁ってたセナを引き連れ、ジャンヌは背を向ける。
瓦礫の向こうへ消えていくその姿を教授は眺め笑っていた。
「ふふふふふふ、ふっふっふっふ。いやしかし、『浮遊』で言い訳できるように立ち回っていたのだがなぁ。思わず見せてしまった」
「教授ー、こっちですよ、こっちー!」
「あー、今行くよ!」
斥力少女の死体を見下ろしながら、どこまでも愉快そうに広角を上げる。
遺体をわざと踏みつけにし、血の足跡をその場に残して白衣のマッドサイエンティストは去っていった。
「あるいは、最後に戦うのは……君になるのかも知れないね。シスタージャンヌ」
──残り、76名
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