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名瀬 優奈



 祖父の大きな手が好きだった。

 人生が刻んだ皺で覆われた、筋肉質のかっこいい手が。




 ──名瀬 優奈は幼稚園から中学の頃、毎年夏休みに田舎に住む祖父に預けられていた。

 現代っ子の優奈は持ち込んだゲームで遊んでいたが、一人だとすぐに飽きが来た。



「おじいちゃんは、なにしてるの?」

「棋譜を並べているよ」

「きふ? これって、しょうぎ?」

「そうだよ。プロの対戦記録をな、並べて勉強してるんだ」

「おじいちゃんは、べんきょうがすきなんだね」



 将棋の話をされると、祖父は微笑んでみせる。

 遊び相手が欲しかったけれど、祖母は物心付いた頃にはすでに他界してしまっていた。



「優奈も覚えてみるか?」

「しょうぎ、おもしろい?」

「面白いぞ。きっと好きになる」



 始まりは、ただ構って欲しかっただけかもしれない。

 それでも優奈は、おじいちゃんと遊べるからと将棋を勉強し始めた。

 結局、その夏休みでは十枚落ちでもボコボコにされて、悔しい思いをすることになったわけだが。


 優奈は毎年の夏休みに縁側で将棋を指す。

 

 一つ年を取る度に、祖父の駒の数が増えていった。

 八枚落ちから、六枚落ちに。

 

 たった五年で飛車角落ちにたどり着いて、誉められる度に胸を張る。



「父ちゃんと母ちゃんは、好きか?」

「大好きだよ! この間はね、一緒にデパートに行ってね」

「それで?」

「僕、男の子と間違われて。これとかお似合いですよってカッコいい服を見せてくれたの」

「言われて、どうした?」

「ううん、買ったよ。優奈が着たいならそれでいいって言ってくれたの。カッコイイんだよ!」

「良かったなぁ」

「うん!」




 六年目。

 祖父との対局は病室に移っていた。

 

 田舎ではなく、名瀬家の近くの病院に入院した祖父の元へ足繁く通う。

 放課後になるとジャージ姿のままで押し掛けて、一局指して、決着がついたら家に帰り、最新のVRゲームにログインする。

 そんな日々を送っていた。

 それで満足することにした。



「お爺ちゃん、僕ね」

「おう」

「学校で、その……」

「友達、居ないのか」

「……」

「ずっとずっと、俺のところに来るもんな」

「お爺ちゃんと、遊んでたいよ。楽しいよ」



 油断を突き合う頭脳の勝負、本気の合戦。

 時に力強く、時に意地悪な祖父の打ち筋に飽きは来なかった。



「俺はもう、お迎えがすぐだ」

「いやだよ」

「友達を作れ」

「やだ……」

「優奈」



 友達なんていない、いらない。

 

 あんな頭の悪いやつら。

 見てくれを気にするやつら。

 クラスが同じなだけのやつら。

 見て見ぬ振りをするだけのやつら。



「あんなやつら……」



 飛車が、取られた。

 優奈は前に進める気がしなかった。



「転校するか?」

「やだ……おとうさんと、おかあさんに、心配……かけたく、ない」

「ずっとそのままの方が、心配だぞ」

「だって……僕の、僕のせいで……!」



 優奈は好きな格好でいい。

 そのままの自分で友達を作りなさい。

 

 そう言ってくれたお父さんとお母さんに、『自分たちのせいで』なんて、思わせたくない。

 結局は全部、全部自分が女らしくしないせいなのだから。



「優奈は優しいな。臆病者で、引っ込み思案だ。あいつらもこんな娘を持って幸せ者だ」



 祖父は笑顔だった。

 怒られたこともなかったし、悲しんだ顔も見たことはない。

 太陽のような人。



「そういう臆病者はな、将棋が強いんだ」

「……そうなの?」

「臆病っていうのは、慎重ってことだ。引っ込み思案っていうのは、常に最悪を考えているってことだ。将軍っていうのはな、いっつも最悪から逆転できる方法を考える」

「でも、勝てない……勝てないよ」

「勝てるさ」



 そんな、無根拠にしか聞こえない断言。

 なのに不思議と、祖父の言葉だと体の芯に響いてくる。



「お前なら最悪からも逆転できる。意地悪く、狡賢く、よく考えて立ち回れ」

「……そんな子、好かれないよ」

「けど、優奈は爺ちゃんが好きだろう?」



 そんな事を言われたら、もう否定なんてできるわけがない。



「やりたいようにやれ。生きたいように生きてくれ。逃げたいなら逃げて良いし、甘えたいなら甘えてもいいんだ。そんで、心配をかけたくないのなら、かけずに解決できる方法を見つけるしかない」



 しわくちゃの手が拳を握って、突き出された。

 もう筋力はなくなり、そのうち箸も持てなくなる。

 抜け殻になりかけの蛍火のような手。



「お前ならできるよ。俺の孫だもんな」




 結局、祖父には勝ち逃げされてしまった。

 唯一の理解者が消えてしまったような気分になって、学校に行く気力も尽きた。

 

 このままじゃだめだ、なんて。

 頭でいくら分かっていても、行動できない臆病者だ。

 それでも、お爺ちゃんが信じてくれたから。

 

 解決策を探すため、情報を集めるようになった。

 両親に心配させずに、学校という偏見の巣窟から合法的にさよならする抜け道を。

 たかだか十六の子供が独り立ちするにはハードルが多すぎた。


 そして、Centonoの噂を見つけたのだ。


  学生にとっての百万円は想像すらできない大金だ。

 そのお金で現状をなんとかできるか考えて、結局不足していると悟る。

 その繰り返し。

 正直、一千万円に増えたからと言ってどうにかなるとも思えなかった。


 ……副賞の品目を見るまでは。



「見つけた……!」



 子供が合理的に学校から居なくなる方法。

 両親を安心させる逃げ方。

 それを一人で掴むチャンスはこれ以外には無い。


 告知を見たのを切っ掛けに、片っ端からVRゲームを遊び尽くした。

 どれも直接戦闘力ではなく、戦略や戦術で優位に立てるものを探し、実践する。

 時には有名プレイヤーの軌跡を追って、自分の中へと吸収していった。


 これは将棋だ。

 これは棋譜だ。

 これから行われるのは対局だ。


 名瀬 優奈には他者への情はなく、常に自分のことで手一杯だ。

 王道を目指す精神は擦り切れ、残ったのはただ勝利への渇望だけ。

 時に底意地悪く、時に大胆に。



 すべては、両親に心配をかけず、自分一人で生きるために。

 そして、その日はやってくる。


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