VRゲームの空腹はプレイヤーを殺すか
不死狩りメンバーによって食卓が片づけられていく中、セナはこっそりと広場に戻ってきた。
瓦礫のステージの上では教授たちの班が、決起集会の最後を飾る演説の準備をしている。
すでに各々が出発準備を整え終え、近くの店から持ち出したのだろう値札が付きっぱなしの鞄やリュックサックを背負い、整列も始まっていた。
「どこへ行っていたんだ?」
すでに二班の集合場所で待機していたサトリが、開口一番にそう言った。
隣にはベートーヴェンの姿もある。
「少し、ジャンヌに頼まれた用を足しにね。ついでに僕自身も、欲しいものが多かったから」
セナはそう言葉を並べ、背負っているザックを親指で示した。
垢抜けた服装には似つかわしくないほどにゴツく大きく、そしてパンパンに膨らんでいる。
「とはいえ、重装備が過ぎるのではないですかな?」
今度は老紳士からの指摘。
セナはため息一つ吐き出して、ザックの口を開き中身を見せた。
「飲料に、包帯。奥のは消毒液ですか……?」
「あとは綺麗な布とか、液体燃料かな」
「セナ殿、失礼を承知で申しますがこれはゲームでございますよ。消毒して包帯を巻いても効果があるとは思えませんし、治る前にゲームが終わります」
「言いたいことは承知してるよ。だけどさ、空腹の件があったじゃない」
「空腹?」
「どうしてこのゲームは、わざわざゲーム内で空腹と満腹を感じるシステムが組まれているのか、だよ」
「何か意図があると?」
Centonoの予習のためにと様々なVRゲームをプレイしていた知識の蓄積がセナにはある。
空腹になるシステムと満腹になるシステム、というのはすでに存在しているが、その場合はプレイヤーが目視できるように腹具合を画面に表示可能だ。
もちろん空腹になると様々なバッドコンディションを発症するのは言うまでもない。
「痛覚、触覚、暑さや寒さを感じるっていうゲームの出来は見事だけど、リアルさを追求するにも限度がある。空腹システムは意味を持たせない限り、ゲーム進行の邪魔にしかならないじゃないか」
「……仰るとおりですな」
「当たったら痛いから怯む、熱気を感じるから危険、寒いところに居続けるのは不味い。とまあそんな感じで、殺し合いサバイバルで五感は確かに大事だよ。だからこそ、戦闘必須枠から外れた要素である食欲を、わざわざ空腹っていう見えない信号で知らせてきてるのは違和感があるんだ。食べないで活動する方が危険だと思わない?」
「まあ、それは確かに」
「このゲームはかなりリアルに寄せて作られてる。そして、生理現象を含めて戦略に組み込めるようになってる可能性もある。だったら、応急手当の道具くらい持っていてもバチは当たらないんじゃないかな?」
ひとしきりの持論を聞かされたベートーヴェンは、しばらく顎を指で弄んでいた。
が、すぐに笑顔へ戻る。
「なるほど、セナ殿は実に聡明のようです。何がどのように有効かは行動するまでわからない。これは私が浅慮でしたな」
「別に浅慮だなんて」
「ならばその荷物、半分ほど受け持ちましょう。私のイデオは戦闘開始前までのもの。戦闘員であるセナ殿の負担を多くする必要はありますまい」
ステッキの石突きでコンコンと地を鳴らしながら、紳士に足る提案を出してきた。
(医療用品が邪魔で出しづらかったから、正直助かるな)
セナは、ザックのポケットの一つに丸めて押し込んでいたショルダーバッグを引っ張り出して、中身のいくらかを移す。
その光景をサトリはずっと眺めていた。
「じゃあ、お言葉に甘えてこっちをお願いしようかな」
「そちらのリュックサックの方が重いのではないですか?」
「重いけど、僕の私物も多いからね」
「そう言われますとこれ以上は差し出がましいですな。では、こちらを受け持たせてもらいましょう」
燕尾服にショルダーバッグという珍妙な出で立ちになってしまったが、紳士に気にする素振りはない。
どこか機嫌良さそうに舞台上へと視線を戻したので、この会話もそのまま終わりとなった。
一歩引いた位置で見ていたサトリが、さりげなくセナの後方に移動してくる。
「上手く誤魔化したな」
(五月蠅いな)
「で、何を用意したんだ?」
(……耳栓を持ってくるべきだった)
語りかけられると、否が応でもその言葉に連想したことを思い浮かべてしまう。
サトリは言葉という石を投げ込むことで、セナの意識という泉に波紋を生み、沈殿した深層意識を読める位置まで浮かべようとしているのだ。
セナの中ではそう結論づけていた。
「物騒だな」
(仕方ないだろ、小火ってことにするには必要なんだから)
「そんなに持っていたら重いだろう。何本か持ってやろうか?」
(いざ必要になったとき、返してもらうのに理不尽な条件を課されそうだし御免だね)
「可愛げのないリアリストめ」
本当に必要なものは自分のポケットに入れるのが一番安全、というのがセナの思考だ。
(そういえば、さっき何かぼーっとしていたな)
「……」
(なんだ、人の心は読む癖に自分の考えは出さないのか)
「それが利点の能力だからな」
(ケチ野郎)
「ケチで結構」
食卓の片づけは終わったのか、手伝いに出ていたジャンヌと大鼠も戻ってくる。
他班も整列に合流し始め、場の緊張感も高まり始めていた。
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