ただ一人の協力者
セナは食事を盛ったプレートを手に会場から離れていた。
小走りでビルの中へと駆け込み、焦り顔で階段を上っていく。
そして会議室のプレートが下げられた廊下奥の部屋の扉を躊躇無く開けた。
「幸!」
「うわあぁびっくりしたぁ!?」
窓際で壁にもたれて座り、うつらうつらしていた幸は驚きのあまり飛び上がった。
だがセナはなにを気にする様子もなく近づいていく。
「ねてない、ねてないよ! ちゃんと会場を見張ってました!」
「聞いて、時間がない」
「ふぁ、ふぁい!?」
プレートは会議室のデスクに荒々しく置かれ、ミートボールの一つが転がり落ちる。
「ノートとペン、出して」
「うぇ?」
「出して!」
「うわわわわ、待って待ってすぐに出すから!」
今までにない剣幕に押され、幸は慌てて鞄を漁り目的物を手渡した。
セナは椅子に座ると一心不乱に何かを書き殴っていく。
幸にできることは、ただ成り行きを見守るだけだった。
「幸」
「な、な、何?」
「君は優勝したいんだよね」
「え!? えっとぉ、そうだなぁ~」
ある意味でごく当たり前な質問。
参加者ならば誰しもがノータイムで首を縦に振るであろうに、幸はしばらく閉口し、たっぷり十秒考えてから答えた。
「そりゃまあ、一応は」
「欲しいのは賞金? 副賞?」
「えーっと、どっちかといえば賞金」
ペンの音が止まる。
顔を上げたセナはどこか泣きそうな顔をしていた。
立ち上がって、狼狽える幸と向かい合う。
「僕が優勝したら五百万出す。だから」
言い淀み、表情がひしゃげ、口が開いては閉じてまた開く。
苦悶の二十面相を本人の意思と無関係に披露しつつ、セナは言葉を絞り出した。
「だから、僕を勝たせてくれ」
そして、頭を下げた。
幸にとって、セナというプレイヤーが初めて見せた弱り目だった。
「わちょ、ちょちょちょ! 勝手について回ってるのアタシの方だよ!?」
「……」
「そんなこと……そんな、お金……」
それっきり会話が止まる。
時間が無いと言っていたのに、セナは頭を下げたままで返答を待っていた。
気まずい静寂の中、幸はその場にしゃがみ込んで、床を険しくにらみつけるセナを見上げようとする。
「わかったよ、わかったから」
「……」
「アタシはセナを勝たせる。貴方が勝ったら五百万円を貰う。逆に万が一アタシが勝ったら……お金をもう少し多く貰う、ってとこかな」
「……え?」
ようやく上げられた顔に滲むのは、唖然か驚愕か。
幸が紡ぐのはそれまでにないほど落ち着いた、優しげな声色。
「ある程度のお金が手に入るなら、それでいいよ。副賞もいらないから、セナが欲しいならあげる。だからさ、だから……」
何かを言い掛けて首を振る。
何かを堪える辛い顔になり、悲しみを堪える顔になり、両手で己の頬を一発張った。
それがスイッチであるかのようにすっかり笑顔になった幸は、セナの肩を力強く叩く。
「だから、アタシにもちゃんとできるような、すんごい作戦を頂戴ね? 頑張っちゃうんだから!」
「幸」
「大作戦を作るのは任せる! だから、やるのは任せろー!」
「うん、頼む。……ありがとう」
セナは微かに微笑みを浮かべる。
その表情に目を丸くする幸のことは横に置いて、再び着席しペンを取った。
険しい目と強い筆圧は、覇気が漲っている事実を如実に表す。
「……ところで、あのー、持ってきたご飯って」
「幸のぶん。しっかり食べといて」
「うわぁ嬉しい! 美味しそうな光景ばっかり監視して、もうお腹ペコペコだったんだ! いっただきまーふおあぁあ!?」
幸は大事件とばかりに慌てて椅子に座ろうとして、勢いのまま椅子ごと横転する。
そんな姿を気に留める時間も余裕も、全てがセナには足りなかった。
(これからは団体行動が基本になる。表立っての工作は相互監視でほとんどできない。今が幸に指示できる唯一無二のチャンスだ)
今後の流れを全て読み切り、一つのボロも出してはいけない。
その全てを読み勝った先にこそ勝利がある。
(相手の差し手を見ないまま、何手も決めておくなんてあり得ない。けど、この対局で勝つにはそれしかないのなら、やってやる)
幸の豪快な咀嚼音を聞きながら、もはや頼るしかない相方の能力にあやかって、珍しく神へと祈った。
(どうか僕に、幸あれ)
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