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盤上の駒を整理しよう


「いつまで付いてくる気?」



 セナの後方2メートルの位置で、ぴったりと付いてくる黒スーツの男。

 『サトリ』はサングラスの位置を直しながら、小馬鹿にするかのように「はっ!」と鼻で笑う。



「せっかく管理下に置いたというのに、こそこそ反逆されても面白くない。貴様の計画の邪魔をするつもりはないから安心しろ」



 その手には、しっかりとトランシーバーが握りしめられている。

 いいや、見せつけているのだ。



(定時連絡が入らなければ仲間がバラす……あるいは、常時繋いでいて異変が起こればバラす、か?)


「通信機を見せるだけで説明が不用なのは楽でいい。その点、貴様はとても役立ちそうだ。もちろん拒否権はない」


「……」



 これまでの計画、これからの展望、幸について。

 すべてバレてしまう……ちがう、もうバレていると考えて行動しろ。


 セナの脳裏に祖父の言葉が蘇る。



(最悪から逆転できる方法を考えろ……お爺ちゃんならきっとできる、だから僕にだってできる!)


「ま、考えたことは筒抜けなのだがな」



 五月蠅い死神に気に入られてしまったものだ。

 セナは大きく息をつきながら、幸との待ち合わせ場所へと向かった。



「あ、セナ! こっちこっちー!」



 暢気に手を振る幸ときたら、相変わらずの調子だった。


 よほど駆けずり回ったのだろう、学校指定のような見た目のブレザーとスカートはあちこちに汚れがついていて、一部はほつれたり切れたりもしている。


 その場で飛び跳ねていたが、唐突に足が絡まってその場で転倒した。



「あだー!?」


「何やってるんだか」



 運が悪いとは本人談であるが、セナから見るとその言動や迂闊さはドジに当たるのではないかと感じ始めている。



「いった~……あはははは。あれ、後ろの人は誰?」


「ああ、失礼。私はセナ君の協力者でサトリだ。よろしく」


「わぁ、そうなんだ! よろしくねサトリさん!」



 サトリの自己紹介を聞くや、すぐに立ち上がるとお気楽な笑顔でいっぱいにしている。



(そのわたあめのような思考が羨ましい)



 幸に当たっても何も解決しない。

 そう理解しているセナだが、スレスレの戦局と、くせ者に一杯食わされたばかりで少々イラついていた。



「話はいい。指示は全部できた?」


「うん! 鏡とライターとスプレー、はすぐに見つかったけど、使えるスマホは電気屋さん探しちゃったー!」


「合図通り、完璧なタイミングだった。あれは助かったよ」



 セナが幸に出した指示は全部で三つ。


 プレイヤーが潜伏していない安全な部屋を見つけること。

 その部屋から鏡で合図を出し、イデオ偽装の火炎を発生させること。

 そして、そのビルの上階からイデオ情報交換の様子を撮影することだ。



「早速だけど映像を見返したい。人の目を欺く能力も混じっていたかもしれないから」


「あ、充電器もあるから、充電しながらどうぞー!」


「気が利くじゃん」


「えへへへへー」



 意外にも、幸は指示されればきっちりとこなすし、それ以上のことまで気が回る。

 人は見かけによらないとはこのことか。



「さーらーにー、じゃじゃーん!」



 突然、『満を持して!』のような雰囲気で一冊のメモ帳が突き出された。

 理解が及ばず、セナが首を傾げていると、たまらず幸は中身を見せ始めた。



「これは、幸ノート! ほら、みんなのプレイヤーネームと能力名、メモしておいたよ!」


「え?」



 当然、このノートは幸への指示に入っていない。

 たった今悪い男に捕まったばかりのセナは、それだけでもう彼女に対する評価が鰻登りだった。



「……え、幸。やるじゃん」


「どんなもんだい!」


「早速見せてよ」


「いいともー! はい、どーぞ!」



 字はそこまで上手くはない。

 だが、自己紹介順に並んでいて時系列ははっきりする。


 一人につき一ページを使っていて、基本情報の他に幸の一言メモまで添えてある徹底ぶりだった。



「よし、僕は選別と……ジャンヌでのチーム分けに集中する。幸、不審者が来ないか見張りを頼むよ」


「まっかせて! ヤバそうなの来たらすぐ声かけるから」



 その言葉に甘えることにして、セナは部屋の隅で壁を背もたれに座り込んだ。

 幸ノートとスマホ録画を眺めながら、意識を半分ほどジャンヌへと飛ばす。



 残り半分で現状の整理をしておこう。



 盤上の駒の数と種類は見えてきた。


 現状、対局席に座っているのは『教授』だろう。


 散らばっている駒の中で明確に使えるのは『ジャンヌ』と『幸』の二枚だけ。

 『サトリ』は敵だ、仮に協力的な態度を取ってきても数には絶対に数えられない。


 相手の駒は、無効化能力の金髪特攻隊長『ドレッド』、コーラカッターを披露した『ジーニアス』、そして結局姿を現さなかった『眠らせる能力者』。

 数の上でも質の上でもはっきりと負けている。


 セナがジャンヌに言わせた提言のおかげで、チームが六つに分かれたのは追い風だ。

 チーム内を掌握できれば、『不死狩り』ではなく『セナチーム』として動かすことができる。


 となれば、教授チームを奇襲して消し、不死側に狩られたことにしてしまえばいい。

 ジャンヌの求心力はそれなりにあるのだから、他のチームへのごまかしも楽な部類だ。


 問題は、あちらも同じ事を考えている可能性が高いと言うところか。


 不死への対応に六チームも必要かと言われると怪しい。

 百人が個別に最強の能力を考えたとして、素直に不死能力を選ぶ人間は、多くても十名前後じゃあないか?


 積もる不安は色々ある。

 だが、何をするにしても……目下最大の問題は、同室しているあの男。



「言いたいことがあるのなら口で言え」



 セナはゆっくりと瞼を開く。部屋の入り口から廊下を見張っている幸も含め、視線がサングラス男へと集中した。


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