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今は静かに深呼吸を


 サトリは舞台から降り、再びセナの背後に立った。

 黒スーツに黒サングラスという格好が個性を消し、ただの痩身の男という印象しか残さない。



(思考解析……人の脳内情報を読みとるイデオ、ってことのはず)



 セナは試しに脳内で考えてみせたが、また気分良く情報を漏らしてくれたりはしなかった。

 そこまで迂闊でもなければ、舐められてもいないらしい。


 サトリは先ほどまで踏んでいたステップを止め、今は物音を立てていない。



(ダメだ、相性が悪いってわけでもないのに……動けない時を狙われた)



 ジャンヌを洗脳し事態に介入するよりも前ならば、脅威にはなっていなかった。

 常に心を読みとって、最善のタイミングを計っていたとしか考えられない。



(この程度のイデオに、僕がいいように……)


「私への恨み節を繰り返すのは構わないが、そろそろジャンヌと教授がイデオ情報を出す番だろう?」



 はっとして、周辺観察へと戻る。

 今は赤いドレスの女プレイヤー『小町』が全身を液体に変化させている最中だった。


 順番待ちの列はすでに数少なく、全員の注目が白衣の闖入者『教授』へと向き始めている。

 彼女の能力は是非とも看破しておきたいが……。



「……教授の能力、お前なら詳細がわかるんじゃないの?」


「さあな。貴様に教えてやる義理はない」


(チッ)



 それはそうだ。

 時に情報は命よりも重要な意味を持つ。

 セナがサトリの立場でも明かすわけがない。


 ひとまずこの男は思考の邪魔になる。

 セナはそう判断し、サトリの存在を一度完全に無視することにした。



「次は、俺だな」



 両腕に腕時計、首からは懐中時計を下げた男『クロックマスター』が静かに歩み出る。

 彼は一度だけ共闘者ジャンヌへと向き直り、笑みを浮かべ、口を開く。



「プレイヤーNo.54、『クロックマスター』だ。戦闘を見てたってんなら分かると思うが、不死者はやべぇ。戦った俺だからこそ力になりたい」



 先ほどの戦闘がどこかトラウマにでもなったのだろうか、クロックマスターの顔色は悪い。



「俺のイデオは、ちょっと他のプレイヤーが知覚しにくいだろうけど、時間の停止だ。不死者を捕らえるのは任せてくれ」



 そう語っていたクロックマスターの右手に、突然缶詰が出現した。

 一流マジシャン顔負けの早業と言える。



「あそこのビルの一階にあったもんだ。というわけで、よろしくな」



 彼にとってはちょっとした能力紹介のつもりだったのだろう。

 時間を止めて、缶詰を取ってきて、元の場所に立つ。


 だが、それを見ていたセナとサトリの評価といえば。



(迂闊なプレイヤーだ)


「同感だな。あの男、今の一回で『どれだけの間時間を止めていられるのか』を誇示したも同然。遠くの缶詰ではなく、近くのプレイヤーの帽子程度で済ませておけばいいものを」


(……わざわざ口に出して同調して来ないでほしい)


「なんだ? 私は貴様の着眼点を誉めているのだが?」



 サトリの尊大な物言いに、セナのストレスは増すばかりだ。

 特に端々からにじみ出ている『私はわかっている』という態度が気に食わない。


 大きく息を吐いて、そして深呼吸。

 冷静に事を運ぶんだ、まだ台無しになったわけじゃあない。



「それでは、次は私ですね」



 ジャンヌの意識を操り細やかな指示を下す。

 胸元に下げている十字架を握りしめさせ、笑顔を絶やさぬように壇上へ向かわせた。



「先ほども自己紹介させていただきました、ジャンヌと申します。イデオ名は『圧縮』。すでにお見せしている内容ですが、改めて」



 ジャンヌはおもむろに首を掻ききるジェスチャーをする。

 すると、倒壊した瓦礫の一部が一点を中心にかき集められていき、密度の高い岩塊ができあがった。



「さきの戦闘では、複数人に襲われた際にまとめる役目をしておりました。通常であれば即死させる威力ですが、不死者相手なら動きを止める事にも向いております。短い間かもしれませんが、共に力を合わせましょう」



 ジャンヌに深く礼をさせると、それまでの自己紹介では起こっていなかったはずの拍手がまばらに生まれた。

 一部のプレイヤーからある程度の信を勝ち取れたと見ていいだろう。


 瓦礫の舞台から降りる修道女と入れ替わりで、発起人たる白衣の少女がトリを飾るべく登壇していく。

 ブカブカの袖を振り回しながら勢いよく中央に立つと、無い胸を張り、胸元に刺繍された『ぷろふぇっさー』の文字を見せつけた。



「よーし、ではついに、私の素晴らしい力をお見せするときが来たようだ! ではそこの君、瓦礫を投げてくれ!」


「え、は、はい! 了解であります!」



 視線で指された軍服と軍帽を纏っている男プレイヤーは、すぐさま足下の小石を拾い上げ、ぶつけるつもりで投げ放つ。



「素晴らしい勢いだ! イ~ッデオ!」



 いやにネイティブな発音に併せて、袖口が小石へと向けられる。

 すると、袖に触れたか触れなかったというタイミングでピタリと静止し、すぐに重力に従い落下した。

 教授が初登場したときに見せつけられた光景と同じものだ。



「そう、私の能力は『指定浮遊』! 投げつけられた瓦礫は一瞬浮かせて勢いを殺す! 落下も己を浮遊させることで解決だ! そして、不死者を止めたのは……内臓を浮遊させたのが原因となる!」



 ざわめき始める観客に、笑顔と自信と断言を浴びせ続ける教授。

 その勢いは止まらない。



「内臓を重力の楔から解き放つことで、強烈な体調不良を起こさせているのだ! それはもう、思わず動くこともできなくなるような不快感だとも! まあ、殺傷力皆無なのが玉に傷と言ったところか? だからこそ、諸君らの攻撃力には期待させて貰うよ! はぁーっはっはっはっは!」



 言いたいことを言い切ったのだろう。

 教授は鼻高々といった趣で高笑いを続けている。


 共有された情報により、誰が脅威で誰が脅威でないか、それも周知されることとなった。



「さて、このあとはチーム分けを行う。私とジャンヌ君以外にも話し合いに参加したい者が居れば付いてくるがいい! 興味ない者はしばらくの間自由行動だ。一時間後、チーム分けを発表するので集合するように! では解散!」



 空気が弛緩し、ざわめきが広場を満たした。

 最初は戸惑っていたプレイヤーたちだが、半数は教授たちについていき、もう半分は広場の中で休憩を始める。

 殺し合いサバイバルだというのに、会話を始めているプレイヤーもいるくらいだ。


 そんな広場から、セナは颯爽と姿を消していた。

 近くのビルに飛び込んで、幸との合流を果たすために


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