天敵
心臓が鼓動を止めかねない衝撃と緊張。
脳がクラクラして視界が歪み、冷たい汗が噴き出すあの感覚。
警戒していなかった真後ろから、囁くようにかけられた一言が、セナの思考の全てを漂白していく。
「貴様は『小火』などという弱小能力だと謀ったな? 協力者である『幸』に、ライターとスプレーを使っての安いマジックを行わせただけだというのに、観客どもはころっと騙されている」
(何故バレた、どうして、どこから。幸か? あいつが喋ったのか?)
「安心しろ、幸は何も話していない。私はそいつの顔すら見たことはないとも。もちろん、今君の脳裏によぎった『ダイアマイト』だの『さとうきび』だのといった、凡百のプレイヤーとも無関係だ」
バレている、全て、全て全て全て。
「ああ、私は次あたりで壇上へ登る。もちろん、貴様の横入りで始まったこのショーのせいで、能力を誤魔化す手段を用意できていない。わかるな? 貴様の協力は必要不可欠なのだよ」
恐る恐る、振り返った。
たった一人だけが立っていた。
視線をサングラスで隠したオールバックの若い男だ。
黒スーツの上下を着こなし、赤と黄のストライプネクタイには『No pain No gein』という黒の刺繍が施されていた。
右手を常にもぞもぞと動かし、足は不規則にしかみえないステップを刻んでいて、まるで踊っているかのようだ。
「私が貴様に何を求めているかは理解したな? では逆に、貴様が私に不利益を被ると何が起こる? 言ってみろ」
高圧的な物言いに、だが何も言い返せない。
ジャンヌにも聞こえるようにして言っているのだ。
絶対の自信の現れとしか思えなかった。
「……僕のイデオと、ジャンヌを使っての芝居が……暴露される」
「利口だな、プラス1ポイント」
男はおもむろに胸ポケットから手帳を取り出すと、万年筆で何かを書き込む。
足のステップは刻み続けており、緊急事態を迎えた脳に音が響いて仕方ない。
「次だ。ここまでバレていて、なぜ今すぐにジャンヌに排除命令を出さない? 一瞬で殺せば言い訳などいくらでもできるだろう」
実際、ジャンヌはすぐ隣に立っているのだ。
男の言葉通り、消すのは容易い。
だが……。
「……お前を殺したとして、僕のやったことが暴露されないわけじゃない。すでにメモに書き残したとか、仲間が見張っているとか、いくらでも不安要素はある」
「冷静だな、プラス1ポイント」
この男はセナを見極めている、わけではない。
尋問しているわけでもない。
ただ、考えさせているだけだ。
それを重々承知だとしても、考えることを止められない。
それはセナにとって、本当の意味で唯一の武器なのだから。
「次。ジャンヌの洗脳を解除し、俺を洗脳しないのはなぜだ? 今のところ、操られたという不快感こそあれ、ジャンヌ自身に不利益な行動は何一つしていない。私という脅威よりも何倍も御しやすい相手ではないのか?」
「……くそっ、お前はさっきから一見すると意味不明な動きを続けている。けど、それまでステップ音は聞こえていなかったのだから、僕に話しかけた後から始めた動きだ。仮に僕が洗脳したとして、ステップが止まったり、打ち合わせにない動きが混ざったら、遠目に観察している仲間がもしも居たときに洗脳したとバレる……!」
「いい思考だ。プラス2ポイント」
男は、ピタリと動きを止め、手帳と万年筆をしまった。
それすら罠に見え始めてはなにをすることもできない。
別に動き続ける必要なんてなくて、十秒に一度だけ右かかとで地面を叩くとか、合図なんて簡単なものでもいいのだ。
男は指を弾いて音を鳴らし始める。
「最終問題。貴様が愚か者で、突発的に私を殺したり、短絡的に脱落させようとする可能性は十分にあった。それなのに私は貴様の智慧を信用し、貴様に種明かしをし、今はこうして立場をわからせている。さあ、私のイデオは何だ?」
セナにとって、最も相性が悪いのは洗脳を跳ね返す能力反射だと思われていた。
それ以外ならどうとでもなると、考慮にすら入れていないのも事実だ。
だが、現状のようにプレイヤー全員の行動を操作する……盤面操作を得意とした能力の中には脅威がまだ残っていたのだと知った。
「お前の……お前のイデオは……『読心』」
「素晴らしいな、満点だよ。そう、私は『思考解析』のイデオ持ち。プレイヤーNo.89。『サトリ』だ」
話は終わったとでも言うように、黒スーツの男『サトリ』はその場を離れて壇上へと向かっていった。
これまでに積み上げたあらゆる仕込みを、すべて良いように利用されていく。
屈辱と敗北感に奥歯が悲鳴を上げ始めた。
「──ああ、次は私だな。プレイヤーNo.89、プレイヤーネームはサトリ。これから私のイデオをお見せしよう」
サトリはこれ見よがしに、セナの真似を始める。
すなわち人差し指を突き上げてからの、特定方向の指さしだ。
だがそれは、当たり前のように幸の潜伏先とは無関係な方向へと出される。
(──くそ、くそっ、くそっ! くそくそくそくそ、くそぉっ!!)
セナは、ジャンヌを使って、その指された先のビル壁面を『圧縮』させる以外になかった。
コンクリート壁がえぐれて縮小し、小石程度にまで圧縮される。
(あんな男の掌の上で……いいように転がされて、仕込みまで利用されて……!)
「そう、偶然にも私のイデオも『圧縮』なわけだ。よろしくお願いする──ジャンヌさん」
「──あ、は、はい。よろしくお願いしますね」
ここでわざとジャンヌを名指しにする必要は全くない。
利用されるだけで終わらず、遊ばれているのだ。
(心を読むしか、できない、くせに……!)
憤怒と悔恨、油断が招いた現状に、セナは歯噛みしながら見上げる。
サトリは視線を隠していたが、あのサングラスの奥から見下されていることを痛感した。
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