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取らぬ狸の皮算用



「じゃあ、まずは僕からかな……ああ、登るのキツいから、下の方で失礼するよ」



 イデオ情報の共有。

 

 最初に手を挙げたのは、良く言えば巨漢、悪く言えば肥満体型な糸目の男だった。


 デニムパンツに赤いベルト、白シャツ黒パーカーと、ラフな格好だろうに腹部が存在を補強している。

 ベルトにひっかけるようにして、腰から長方形のケースをぶら下げているのも見ていて心が落ち着かない。

 腰に当たって邪魔ではないのだろうか。



「僕はNo.3。プレイヤーネームは『クック』だ。イデオはこんな感じだね」



 そう述べ、落ちていた瓦礫の一つを手に取る。

 それはクックの手の中で姿を変えて、立派なリンゴへと変じた。



「イデオ名は『ゴミを食料に変える能力』だね。言葉通りの非戦闘員さ」



 観衆からの評価がざわめきと共に定められていく。


 誰がどう見ても脅威にならず、本人も身動きがトロそうな図体。

 無限に食べるためにVRゲームを遊んでいます、なんて宣言されたらそのまま信じてしまいそうだ。



「じゃあ、僕の食材が無事だって確認して貰うね」



 クックは腰に下げていたケースから包丁を取り出すと、慣れた手つきでリンゴを剥いて自ら食して見せた。


 その一連のパフォーマンスは緊張の緩和を加速させる。

 この程度の奴も参加しているのかという、下に居る者を見下ろす安心感だ。



「よっしゃー! 次は俺ッスね!」



 次に瓦礫という壇上へ登ったのは、黒白のスウェットと二重に巻いた銀ネックレス、安物だろう黒パンツとコテコテのチャラい男。

 髪色も派手に金に染めており、ドレッドと良い勝負をしている。



「プレイヤーNo.77! プレイヤーネームは『天下一』! よろしくお願いしまーッス!」



 見た目通りにやたらと五月蠅(うるさ)く、見た目通りに空気を読まない。

 多少弛緩した空気になっていなければ、言動だけで嫌われかねない人種と言えた。



「んで、イデオはー……クックさん、ちょいといただきます!」


「ん? 僕?」



 未だにリンゴをパクついていたクックを、天下一は凝視し始めた。

 わずか三秒の沈黙はすぐに終わり、わざとらしいポーズを取り始める。



「いよぉーし、設定は……『林檎食ったら終わり』がいいな! 始めるぞー! イデオ発動!」



 左手を引いて右手を天へ突き上げるポーズを取れば、男の体がドロリと溶けた。

 ぐちゃぐちゃに混ざっては膨らんで、体積をブクブクと増やす。


 あっという間に『天下一』は『クック』と瓜二つの姿へと変貌していた。



「僕が二人に……ふーん?」


「うーん、僕ってこう見えてるんだなぁ。やっぱりちょっとは痩せた方がいいのかも」



 体型だけではない。

 声色も、話し方も、服装から所持品に至るまで全てが同じだ。


 極め付きとばかりに、瓦礫を拾い上げた第二のクックはイデオを宣言する。



「ゴミを食料に変える能力」



 先ほど見たばかりの光景の焼き直し。

 二つ目のリンゴが手の中に出現し、やはりケースから取り出した包丁でかわいらしいウサギを象って見せる。



「包丁技術も……?」



 十八番を取られたクックの心中やいざ知らず、切り分けたリンゴを一口食べる。

 瞬間、体が再び崩れだして天下一の姿へと戻った。

 服も装飾も包丁ケースも姿を消して、手の中に残ったのは林檎だけ。



「ふー、戻れた戻れた。っつーわけで、俺の能力は『フルコピー』! よろしくしてやってくれッスわ!」



 どこか歪な若者言葉を操る金髪の男は、見た目以上のインパクトを残して壇上を去る。

 なんだかんだで参加者なのだ、見た目で油断をして良いわけはない。



 誰とも知れずにその筆頭となりつつあるセナが、ゆっくりと登壇した。


 ひとつ高くなった壇上から、観客たちを見渡す──わけではなく、合図を待つ。



「僕はプレイヤーNo.27。プレイヤーネームは『セナ』」



 キラリと、視界の端に光の反射が見えた。

 

 ゆっくりと息を吸い、そして静かに吐き出して、覚悟を決めてから人差し指を高く天へ向けて掲げる。



「僕のイデオは、これだ」



 合図のあった方向へと指さし、観衆の視線もまるごとそちらへ引きつけられた。

 同時に、ビルの影から小さな炎が噴出し、近くの建物を橙に照らす。

 ほんの二秒程度で収まった現象に、聴衆はどこか肩すかし気味だ。


 ……「アチチチチ!」という幸の声が微かに木霊した気がしたが、聞こえなかったことにしておく。



「能力名は『小火(ぼや)』。自分とは関係ない場所に炎を生み出す能力、ってところかな。怯ませるくらいはできるだろうし、上手くやるから、よろしく」



 簡単なお辞儀をして観客の中へと戻る。

 合図がなければジャンヌと同じ能力であると偽証するつもりだったが、ちゃんと指示には従うらしい。



(幸は上手くやった。従順なポーズだとしても、他の胡散臭い連中よりは使いやすい)



 それとなく最後列のジャンヌの隣に移動し、後の班分けの印象を強くする位置取りを心がけておく。

 違和感という悪臭を、かすかでも残さないことが肝要だ。


 壇上には軍服を纏った男が現れ、「私のイデオは武器創造でありまして」と続けている。

 だが、セナの思考は三手先に夢中だった。



(メンバーは27名、とはいえ、全員がビルから出てきたわけじゃない。すでに組んでいるプレイヤーがいるなら、片方だけが同盟に入り込むなんてことも可能だ。事実、僕は幸を外部に置いているわけだし)



 同盟に入るというのは、衆人環視の中に居続けるというのと同義だ。


 幸はこれまでの功績も、あの考え方も、そして他に組んでいるプレイヤーが居ないだろうところからも、信頼度は胡散臭い奴らと比べるまでもない。

 セナが知らないところで裏工作をしないだろう幸は遊撃にぴったりな人材と言える。

 チーム分け後からなら、ジャンヌの外部協力者というていでチームメンバーにだけ紹介し、秘密兵器として出入りさせられるようにもなるだろう。



(ジャンヌを勇猛かつ毅然とした旗頭にできたのも、まあ及第点かな。おそらく教授の息がかかったチームが多くて二つ生まれる。対して僕の影響は一つにしか及ばない。残り三つは反教授派か、扱いやすい傀儡を頭に据えたいな)



 特に、あのフルコピーの男なんて優良物件だ。

 一見すると強力そうなイデオ、得体の知れないキャラクターと、警戒しがちだろうが……。



(あの天下一ってプレイヤー、イデオの『解除条件』まで口走っている。見せていいのは強さだけで、脆さはおくびにも出しちゃいけないのが鉄則だ。使い慣れない能力に思わず頭の中のことが口に出た、としか思えないんだよな)



 誰にでも変身できて、所持品や技術まで模倣する『フルコピー』は極めて強力なイデオだと断言できる。

 もしもあれが脱落したプレイヤーにまで対象にできるのなら、絶滅させた後で自分だけ『不死者』になることも可能だろう。


 汎用性の高さはピカイチ……に見えていたが、リンゴを食べるまでという条件付けを最初に行っていたのが気になった。



(変身後の意識まで本人のままなら、しゃべり方まで同じにはできない。無意識のうちに、あの特徴的な語尾がつくはずなんだ。それもないってことは、中身まで完全にコピーされ別人格になっているのかもしれない。だからこそ、前もって終了条件を決めておくことがセーフティーになるんだ)



 もしもセナが幸にまるごと変身したとして、今までのように警戒したり計画を練ることができるだろうか、という問いに近い。

 考え方の違いは思考力に甚大な影響を及ぼす。



(天下一本人を上手く使えれば、楽になるかもしれないな。あいつは僕と同じチームにしておくか)



 ジャンヌを使うことで、多少の班分けも思うがまま。

 間違いなくこの時点で、イニシアチブは教授だけでなくセナも握っていた。


 壇上では今もなお、プレイヤーたちの能力ショーが展開中だ。

 これの録画は幸に前もって指示してある。だから遠慮なく、観客の方の観察を続けていた。



(チームは六つ、一つのチームに四名から五名。あれだけ大見得切ったジャンヌのところは当然五人チームになるから、内訳はジャンヌ、僕、天下一……そして無効化能力者が一人か。残る一人を誰にしようかな)



 ──そんな皮算用を進めるセナの背後に回り込むようにして、男が一人接近する。


 最後列に位置取っていたジャンヌとセナの両名にだけ聞こえるよう、ボソリと呟いた。





「その最後の席には、私を入れて貰うとしよう。『洗脳』のセナ」




 全身が、石のように固まった。


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