群集心理操作術
ざわめきと内緒話に押し出されるようにして男プレイヤーが登場する。
不良マンガでしか見たことがない白の特攻隊服に金髪ドレッドヘアーという、一目で忘れられなくなる見た目は奇抜の一言だ。
彼はどこか居心地悪そうに教授と対面した。
その挙動不審な態度に、頭に巻かれた必勝の鉢巻きや背中の怒羅魂の文字もスケールダウンして見えてしまう。
「よし、勇気ある者・すなわち勇者よ! これはもし良ければで構わないんだが、プレイヤーネームも教えてもらって良いかな!」
「はぁ……まあいいけどよォ。俺はプレイヤーNo.38の『ドレッド』だ」
「ドレッド君、ご協力誠に感謝する! さて、これから彼らの不死性を消してもらうわけだが……そうすると、同時に私のイデオと、協力してくれた睡眠能力も消えてしまうことに、なるのかな?」
「まぁ……そうだろうなァ。だから、抵抗されるぞ」
「そいつは困った! 私のイデオはご覧の通り、彼らの動きを止めていることしかできない! どなたか、殺傷能力のあるイデオをお持ちの観衆よ! 脱落させる協力をしてくれるという気高き勇者は居ないか!?」
セナは教授の良く回る口にすでに辟易していた。
対外的にだが、あの女はこれで無効化能力者一名を確定させ、さらにそれ以外の能力者の力も暴くだろう。
この『進んで報告する協力者がいる』『報告をしなければならない』という流れを作り、群集心理を操ろうとしている、とセナは睨んでいる。
もちろん不死に居てもらっては困る面々も多く混ざってはいるだろう。
だが、これだけのプレイヤーが集まったのも『睡眠能力者が協力した』、『他のプレイヤーが出て行くのを見てその方が良いと思った』というプレイヤーは居るはずだ。
打算だけで不信感を払拭しきれるのなら、営業マンは苦労しない。
つまり、あのドレッドなる男と睡眠能力者、そしてこれから出てくる殺し担当の能力者……これらは教授と繋がっている『仕込み』の可能性まで考えられる。
どこまでその通りかは定かではないにしても、警戒するにこしたことはないだろう。
「じゃあ、僕がやろうか?」
次に手を挙げたのは、目に見えて生意気そうな小学生か、中学生くらいの少年だ。
濃紺のルーズパンツに赤いスニーカー、半袖の緑ブラウス、黒いキャップという、いかにも活動的な格好をしている。
背には大きいリュックサックを背負っており、何が入っているのか膨らんでパンパンだ。
だが最も特徴的なのは、その左の頬に『天才』という漢字が入れ墨のように書かれていることだろうか。
「これは理知的な協力者君だ! 君は名乗れるかな?」
「別に良いよ。僕はプレイヤーNo.5、プレイヤーネームは『ジーニアス』。大したことはできないけどよろしくね」
「素晴らしい! 教授と天才の邂逅とはどこか運命的なものすら感じるじゃあないか! ではでは、早速で悪いがイデオの準備を頼むよ? 私もこう見えてそろそろ維持がキツくなってきていてね!」
突然ガクガクと震え出す教授、演技にしてはやりすぎだ。
ジーニアスは胡散臭い芝居を無視して、リュックサックからコーラの2リットルペットボトルを一本取り出した。
「ちょっとだけ待っててね」
ジーニアスはペットボトルのキャップを開け、中に満ちている飲料に人差し指を浸すこと数秒。
不意にコーラはペットボトルから音を立てて溢れ、空中に浮かび球体を形作る。
空中で分かれ、分かれ小さくなって、無数の薄い円盤状になると高速回転を始めた。
『触れた液体を操作する能力』、のように見える。
危険な円月輪をおよそ九つ作ったところで、少年は教授へと向き直り「いつでもいいよ」と告げた。
「ではやるとするか! スリーカウントの終了と同時に無効化と撃破だ、纏めていくぞ!」
ドレッドは鉢巻きを締め直し、ジーニアスはコーラカッターを規則正しく一列に並べてそのときを待つ。
(ここだ、チャンスはここしかない)
セナは壇上の三名の意識が完全に聴衆から外れていることを念入りに観察した。
行けると判断したのなら迅速に。
少し離れた場所でパフォーマンスに見入っている修道服の女性──三つ時計の男と共に不死者と戦っていた彼女へ意識を集中させる。
目の前ではなく離れた位置へ、自らの意識を飛ばすという言語化しづらい感覚だが、ダイアマイトの遠隔操作の経験が上手いこと機能した。
(発動)
「スリー、ツー、ワン、ゴー!」
「無礼苦ゥ!」
叫び散らすようなヤンキーの一喝にドンピシャのタイミングで、カッターは倒れていた不死者三名に一斉に突撃し、その全てが肉体を通り抜けるかのようにして地面へ消えていく。
鋭いウォーターカッターに首と腰を真っ二つにされた哀れな不死者たちは、肉体を寸断されるという壮絶な最期を迎え、今度こそ動かなくなった。
その衝撃的なシーンの裏で、修道女が突然に頭部を地面へと向け、自らを苦しめたプレイヤーたちの脱落という決定的瞬間を見逃していた。
その事実を認識できた者が、仕掛けたセナ以外に居ただろうか?
「……どうかな? いけたかね? ドレッド君、まだ無効にしているね?」
「まァ、そうだな。無効にし続けてる」
「よし、解除だ。流石に解除したら復活する、なんてことになったら再考せねばなるまいよ! はぁーっはっはっは!」
「なんで笑ってんだろうなァ……そらよ、炎怒ォ!」
独特の怒声が発動と解除の合図なのだろう。
そして今度こそ、起きあがる様子はない。
とんだスプラッターだが、その場の大半は目を逸らすことなく遺体を目視し続けた。
「よぉーしよしよし! 完璧だ! これで完璧に立証された、我々が手を結べば恐るべき不死者を狩ることが可能だと!」
化け物討伐という演目は見事成功。
不死のプレイヤーを三名も脱落させたという事実は、先ほどまでの不滅ぶりを監視していた者たちにとっては希望であり、この場にいないライバルとの差を付けられる絶好の機会でもあった。
観衆に向き直るドレッドとジーニアス。
二人の様子にご満悦の教授は、見学者たちに手を差し伸べて、笑う。
「さあ、互いに能力を共有し、宿敵を倒すのだ。同志たちよ!」
流れと熱気と思考と打算が奔流を作り出し、真っ先に一歩目を踏み出したのはクロックマスターだ。
すでにあの時の『追いつめられ恐怖に怯えた』彼はいない。
ぶら下げられた餌に一番乗りで噛みつこうとし──
「──お待ちください!」
──隣にいた修道女が彼の袖を引っ張りながら声を上げたことで、驚きに全身を跳ねさせることになった。
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