劇薬の名はプロフェッサー:sideクロックマスター
「困っているようだね諸君! とうっ!」
太陽の輝きを覆い隠すように大きな白衣をはためかせ、何者かがビルの屋上から身を投げたのだ。
それは不死人と同じ戦法なのは明らかで、クロックマスターらはとっさに警戒を取る。
「おおっと、もしかして私ってば警戒されているのかな? それは困った至極困った、ならば証明してご覧に入れよう、私が私であることを!」
およそ十五階建とみられるビルから、重力に従って落下した何者かは──
「イ~ッデオ!」
──不安定な瓦礫の上に、一切の物音を立てずに着地した。
(いや、バカな。なんだあの力は)
衝撃の一切がなくピタリと制止し、着地した瓦礫が一切動かず崩れていない。
あの白衣に体重は無いのか?
「そう、これこそが天才によって保証された完璧なイデオ! この私が不死などというサイエンス的にナンセンスな存在とは一線を画すことがこれで証明されたな! はぁーっはっはっはっはっは!」
朗らかな高笑いに、一同は困惑で目を見合わせる。
あらゆる意味で異物登場といったところだ。
(子供? 女か?)
ダブついた白衣の袖は少女の体格に見合っておらず、袖をぶらぶらと揺らしながら手を振っている。
灰色のくすんだ髪は短く、黒の短パンと併せて活動的な姿をしていた。
白衣の下の黒ブラウスには白の刺繍で『ぷろふぇっさー』と縫われており、絶妙にダサい。
そして、不死三名は闖入者を敵だと判断したらしい。
横へ散らばり円形に包囲すると、ジリジリと包囲を狭めていく。
「おーやおやおや。そうくるかい、そうだろうねえ、それしかないだろうねえ! ならばもう一つ、イ~ッデオ!」
右腕を天へと伸ばすと袖もまるごと肩まで落ちて、細い腕周りが露出した。
そして親指と人差し指を立て、右手を銃の形にした白衣の少女は、『BANG!』と銃撃の真似事をする。
「──ぐぅ、お……!?」
すると、襲撃者のうちの一名はその場で転倒したのだ。
瓦礫に顔をぶつけ、しかし痛みに悶えるような素振りはなく、起きあがる気配も見せない。
「やはりこれくらいエレガァントに使わなければねぇ!」
襲撃側に衝撃が走る。
死んでも起きあがる無敵の軍団が、起きあがることを禁じられたのだから。
最悪を予感した残る二人は瓦礫片を持ち上げると、勢いをつけて白衣の少女に向けて投げつけた。
一つ、二つ、三つ。
「おーっと、やはりというかなんというか、能力を生存に全振りしたせいで攻撃方法はひどく原始的だ! そんなナンセンスな攻撃でやられてやるわけにはいかないねぇ!」
笑顔も言動も慎まず、勝ち誇った言動のみで存在感を放つ。
まるで誇示するように宣言をするだけだ。
「そう、そんなものは無駄なのだよ。イ~ッデオ!」
少女は片手を伸ばし、それを瓦礫へ向けニヤリと笑った。
瓦礫はブカブカの袖に触れるとピタリと勢いを止め、そのまま足下へと自由落下し、転がって完全に静止する。
命中するはずだった──いや実際には命中していたのかもしれないが──攻撃が全て防がれたのは間違いない。
「この私に傷を負わせたければ、マシンガンでも足りないよ!」
離れたところで、逃げることも忘れて釘付けになっていたクロックマスターは、混乱の真っ最中だった。
だっておかしい。
運営からの大原則として、能力は一人につき一種、そして複合能力は禁止のはず。
それなのにあの白衣の少女ときたら、落下しても無傷で、相手を行動不能にし、挙げ句の果てに攻撃まで止めている。
(あれで複合能力じゃないとか、冗談だろ!?)
「ところで、そろそろ手伝ってくれてもいいんじゃあないかな! ビルの闇に紛れた観客たち! まさか、誰より勇敢に情報アドバンテージを稼いでいた彼らを見殺しにして、このまま立ち去るなんて選択肢はありえないだろう!?」
クロックマスターたちへと向けられた言葉、ではない。
当事者を眺めていた、姿の見えない第三者へ向けて声が張り上げられた。
ビルの間か、瓦礫の向こうか、はたまた高層から見下ろしているのか。
何人が潜んでいるかも不明だ。
その言葉が、きっと届いたのだろう。
通常攻撃に切り替えた不死者二名が手頃な石を手に少女へと向かって走り出すが、二人は同時に蹴躓くようにしてその場に倒れた。
「おやぁ~? 私のイデオではないんだがねぇ」
起きあがってこない事を確かめるように、白衣が遠巻きに観察する。
驚いたことに、どちらもかすかな寝息を立てているのが聞こえてきた。
胸元も規則正しく上下している。
「なるほど、眠らせる能力だね! 協力感謝、感謝だよ!」
ブカブカの袖を左右に振りながら、無い胸を張ることで『ぷろふぇっさー』の文字を再度強調。
自己顕示欲の固まりのような少女だ。
「さて、ご覧になった通りだ! 私はプレイヤーNo.88! プレイヤーネームは『教授』! ここで観客面している諸君に共闘を申し出たい!」
瓦礫の中でも特に高くなっている場所に陣取って、白衣の少女──教授は一切の笑顔を崩さずに高らかなる宣言を開始する。
その堂々たる立ち姿は論文発表か演説のそれだ。
「彼ら不死能力者の脅威はご覧になったとおりだ! どういう方法かは不明だが、存在消滅の力を持ってしても彼らは消え去ることがなかった! それほどまでの不滅性を有する相手を残して、我々が暢気悠長に殺し合いを楽しんでいる暇があるのか? 否! 断じて否なのだ!」
いつの間にか、隠れ潜んでいたプレイヤーたちはその声に耳を傾けていく。
「彼らに対処し対抗し、一人たりとも残すことなく滅して初めて、我々の生存競争がスタートする、そうではないかね!? そのためには単純なる殺傷能力よりも、搦め手が必要不可欠になる! だからこそ、貴重なイデオ持ちのプレイヤーが死にすぎる前に手を打たなければ、待っているのは破滅だけだ!」
透き通る声は木霊し、ビルの中の傍観者──セナたちの耳にも届いていた。
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