大樹の根の戦い:sideクロックマスター
「消し飛べぇ!」
大樹の根本に威勢の良いかけ声が轟くと同時に、イデオが起動する。
飛びかかった短パンの少年が手のひらを向けると、相手プレイヤーの上半身が丸ごと消え去った。
綺麗な球形にえぐり取られた切断面から破損した内蔵がはみ出し、一呼吸を置いて血液がスプリンクラーの如く吹き出しまき散らされる。
これで三人組の敵は全てが肉塊になり果て倒れた。
相対しているのは短パンの少年の他に、中世の聖堂女のような修道服を纏った女性プレイヤー。
そして、両手首に腕時計を付けて首からも懐中時計をチェーンでぶら下げている男……プレイヤーNo.54『クロックマスター』の、こちらも合計三名だ。
決着がついた、少なくとも今この場面を目撃した者ならばそう受け取るだろう。
だが相対する三名はこの後の展開を薄々予感していた。
泡立つような不快な音を立てながら、三本のナイフを心臓部に突き刺された死体がまず起き上がった。
塞がる傷に押し出されるようにしてナイフが瓦礫の山へと吐き出される。
次に瓦礫の中でうつ伏せに倒れていたプレイヤーも立ち上がった。
そしてもちろん、上半身が無くなった男だって例外ではない。
傷口から泡立つような音をかき鳴らし、まるで粘土細工のように肉が吹き出して元の形を取っていく。
あっという間に完全回復した三名のプレイヤーが、再び前進を開始した。
それもゾンビのような理性のない怪物ではなく、プレイヤーの意志が反映された俊敏な動きでだ。
不死身のプレイヤーたちは瓦礫を進み、その課程でいくつかの死体を踏み越える。
それは、彼ら不死人の遺体の残骸などではなく、愚かにも無策でこの三名へ向かっていき、返り討ちにあったプレイヤーの成れの果てだ。
「再生に制限無しかよこいつら……!」
クロックマスターは、すでに己のイデオへの自信を失いつつあった。
この大樹の根にて漁夫の利を狙い飛び出したまでは良かった。
だが、介入するにしてもしっかり観察してからにするべきだったという後悔も後の祭り。
心落ち着けるために息を付いて、獲物であるナイフの血糊を、もう赤く染まりきった服の裾でぬぐい取った。
(逃げることなら、できる。俺の能力なら簡単なことだ。だが……)
ここで逃げて何になる?
いつかは消さなきゃいけない相手を、後からソロで相手するのか?
(そっちの方が馬鹿らしいな!)
その一念に従って、近くに展開していた『一時協力者』たちに向け声を張り上げた。
「俺が集める! その後で丸めて、消してくれ!」
「わかりました」
「了解!」
相手には明確な気の緩みがある。
痛みすら感じないのか、守りを捨て攻撃一辺倒な動きなのもその証拠だ。
これだけのプレイヤーが揃っていてこの態度なのは傲りすぎだろう、ここで一気に決めてしまうのが最善なのは明らか。
「いくぜ! ターイムストップ!」
クロックマスターの一声に併せて、世界が色を失った。
味方が走る際に蹴り上げた小石は空中で制止し、大樹の幹を周回し飛んでいる燕も大空に縫いつけられている。
至極単純で、極めて強力な、異能力の定番の一つ。時間停止のイデオを全力で発動したのだ。
(俺の最長停止時間は、三つの時計がそれぞれ一周する180秒! これだけあれば何とかしてみせる!)
大急ぎで瓦礫を進み、不死人の一人を背負い上げて大樹の根まで運ぶ。
時間停止というある意味で最強の能力だが、たかが一般人男性の筋力と体力では実現可能なことは思ったよりも少ない。
誰にも気付かれない暗殺こそが真骨頂な能力であって、戦場に介入した時のファーストアタックで決めきれなかった以上、本来ならば撤退しているべきなのだ。
一人を、幹に押しつけるような形で配置し、二人目へ。
そして三人目も移動が終わり、三人が重なるように大樹の根へと立てかける。
運搬だけでたっぷり150秒も消費し、残り時間はもう多くない。
(ここにいたら巻き込まれる、としても、ちゃんと固定しないとな!)
さきほど拭った大振りのナイフを、三人の手のひらを貫通して根に刺さるよう、勢いをつけて叩きつけた。
血は流れない、今はまだ。
反対の手も重ね、懐の予備ナイフで刺し貫くことで、とっさの回避はもう出来まい。
(あと7秒!)
息を切らせながら、瓦礫の山を這うように、少しでも僅かでも距離を取った。
残り二人のイデオの余波に巻き込まれて負けましたじゃ、情けなさすぎて話にもならない。
そして、カチリという分針の音が世界に反響し、戦場に色が戻る。
「ぐあぁ、なん、なんだこりゃあ!?」
「きゃああぁぁ! 何、何をされたの!」
聞き飽きた悲鳴から尻尾を巻いて逃げながら、クロックマスターは合図を送る。
「根本にまとめたぞ!」
「素晴らしい手並みです」
引き継ぐように一歩前にでた修道女が、拳を握りしめて親指を立てる。
そして、その右手で己の喉を掻っ斬るジェスチャーを披露した。
「地獄へ堕ちなさい」
クロックマスターはとっさに瓦礫の一つにしがみつく。
周囲の小石が唐突に浮き上がり、下ではなく真横へと落下を開始した。
その終着点こそは三人を固定した大樹の根。
雑多な品は次々と吸い寄せられて圧縮され、小さく小さく小さく小さく押し込められていく。
「ぎぁ、が、が、ががっ、ががが」
背後から断末魔が聞こえるが、それを見る余裕もないし見たいとも思わない。
きっと今頃は縦に長い人体が丸められ、背骨ごとグシャグシャの肉団子になっている。
誰が見るかそんな光景。
ほんの十秒かそこらでイデオは解除され、悲鳴も止んだ。
振り返ると周囲の小石と土で薄くコーティングされた団子が一つ転がっている。
「うーわ、強烈。巻き込まれなくて一安心だ」
「さあ、止めをお願いします。もう二度と起きあがれないよう欠片も残さないでくださいね」
「もちろん、あれだけ小さくしてくれたなら行けそうだよ!」
真打ち登場とばかりに、瓦礫の影で待機していた短パン少年が根本へと向かっていく。
先ほどまでは片手で戦っていたのだが、これだけのチャンスは二度あるかどうかと悟ったのだろう。
両の掌を瓦礫団子に向けて息を吐く。
「いくぞ、纏めて……消え去れェ!」
何かが消滅するのに音がするというのは初めて知ったが、ともかくとして削れ消える高音が轟いた。
先ほどの倍以上の範囲、瓦礫団子どころか根の一角までをも全て巻き込み、クレーターを生み出す。
そこにあったはずの全てはこの空間から消え去り、静寂が戻ってきた。
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