戦闘音を目覚ましに
セナ──名瀬 優奈が、鏡に映り込む容姿を気にするようになったのはいつからだったろうか。
男は男らしく女は女らしく、なんて親戚の言葉に思うところがあったのは間違いなくて、どちらとも取れない格好をするようになっていった。
もっぱら『男女』と呼ばれ続け、からかわれた事が重石になったのだと思う。
大好きな両親は格好について尊重してくれていたけれど、今となっては否定して型にはめて欲しかった。
『自分が悪い』と『自分は悪くない』の狭間に閉じこめられて、どちらにも行けなくなってしまったから。
中学に入ってから制服をちゃんと着たことはほとんど無く、許される大半をジャージ姿で過ごしたのは、どこか意地になっていたのかもしれない。
そんな異物が目を付けられるのは時間の問題で、あっという間に嫌な奴らに囲われ、普通の奴らは去っていった。
言い返すこともできなかったし、公に助けを求めることもできなかった。
特に両親に知られるわけにはいかない。
二人が尊重してくれた身格好のせいで苦しむことになったなんて言いたくない、悲しませたくない、傷つけたくない……。
両親か、自分か、世界か。
どれか一つを否定するなどという選択は、子供には恐怖を伴う大それた事だったから。
拙く短い人生経験で学んだことは多くはない。
けどそれしかないなら、経験を糧に優勝して、自分の意地が生んだ負債を返済して……両親を悲しませることなく合法的に逃げ切ってみせる。
使えるものは全て使い、卑怯な事もするし泥水も啜ろう。
匿名性のあるゲーム内での白い目なんて一切気にするところではない。
当然慣れ合うなんてものは論外だ。
肉親以外に信じられる人間なんて存在しないのだから。
「あ、気が付いた?」
目を覚ましたセナの目に最初に映ったのは、のぞき込む女の子の顔。
どうしてか心配そうな顔をしていて、目が赤くなっている。
薄ぼんやりと覚醒していく意識の中、『この子は誰だろう』などと間の抜けた疑問が浮かんで消えた。
「……だれ?」
「幸だよ! さーちー! ていうか、貴方が自己紹介させたくせに!」
「さち……?」
上半身を無理矢理起こされて、覚めきってない目を擦る。
どうやら膝枕をしてくれていたというのが、振り返ってわかった。
「ええと……」
「寝起き悪いんだねぇ」
「さち……あれ……うわっ!」
『幸』『さとうきび』『ダイアマイト』そして『Centono』。
ゲームの最中の寝落ちは何度か経験があるセナだが、感じる体温に空気の流れ、言葉……リアルすぎて違和感を感じなかった。
「あー……びっくりした。けどそうか、命令したんだっけ」
ダイアマイトとの同調の際に受けた、痛みと感情のフィードバック。
その蓄積で脳に限界が来た、と記憶している。
『一人のプレイヤーを意のままに出来る』と言葉にすれば強そうだが、思ったよりずっと制約が多いイデオになっていた。
少なくとも最前線で多用していい能力ではない。
「使い方は考えないと……そういえば、ここはどこ?」
「え? えっとね、大木の近くにいけーってことだったし、裏路地を通って向かってたんだけど、途中で木の方からすごい音が聞こえてきたから、その辺にあった倉庫に隠れたんだ。まだちょくちょく聞こえてくるよ」
指をさした幸に倣って窓の方向へ視線をやる。
たしかに、意識すれば今も音と振動が窓ガラスを揺らしていた。
爆発音、破砕音、耳慣れない音まである。
「なるほど、上出来」
「でしょー? えへへ」
大きな胸を張って見せつける様子はテストで満点を取った小学生を想起させた。
毒気を抜かれるというか、緊張感を失うというか。
だがお陰様でセナの思考はクリアになり、やるべき事を整理する余裕が生まれる。
気を失うまでに感じていた脳の辛さや違和感は全くなくて、快適そのものだ。
「ここまではっきり聞こえるなら、戦闘はすぐそこで起こってる。近くに大丈夫そうなビルがあるなら、上から戦場を確認したいな。僕の予想通りの展開になってるか確認しないといけないし」
「予想通りって?」
「ああ、見ればすぐわかるよ。とにかく高所へ向かうんだけど……問題は、似たような考えのプレイヤーの数が多いだろうってこと。ビル内ではち合わせたら、どちらのためにもならない戦いが始まってしまう」
事実として幸やダイアマイト、さとうきびも大樹を目指していたのだから、似た考えのプレイヤーは相当数居ると考えて良い。
遠巻きに観察するだけのプレイヤーの存在を否定することはできないが、摩天楼というフィールドのせいである程度接近しなければ状況の確認もままならないのも確かだ。
戦闘しているプレイヤーなんて潜んでいる数と比べると氷山の一角のはず。
「ならどうするの?」
「そこで……まずは幸の能力の詳細を教えて。超幸運っていうのがどんなものなのかを知っておかないと、戦略に組み込めない」
「いや、うん、別にいいけど」
幸は正座をやめ、壁を背もたれに足を伸ばす。
険しい顔からして足が痺れている様子で、太股を揉みほぐす手は止まらなかった。
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