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VSさとうきび③:sideさとうきび


「死ね」



 ダイアマイトは重い体をゆらりと持ち上げ、さとうきびの顔面へめがけて踏み下ろし……攻撃は外れていた。


 いや、何かを踏みつぶしたはずだ。

 だが男の顔は床を転がることで拳一つ分横に避けている。

 ならば、今、靴の下にあるのは──



「あ、いだ、が、ぎゃああぁぁ!!」



 包丁が突き刺さった鋭い痛みに、ダイアマイトはたまらず二度目の転倒を喫した。

 悶える巨体を尻目にさとうきびは必死で転がり、這って距離をとる。



「幸、よくやったマジで! ほんとヤバかったぞ今のは!」


「も、もうちょっとで、抜けるー!」


「早く来てくれぇ! 俺もダメージやべーんだ!」



 とはいえ、形勢は逆転だ。

 あの巨人は左足首に加えて、今度は右足裏に大ダメージ。

 もはやまともに歩くのも難しいはずだ。



「ぐ、う、が……はっ」



 さらには未知のイデオ持ちである幸が、復帰してくるという情報の追い打ちが効いたのだろう。

 男はなんとか立ち上がると、店からしっぽを巻いて逃げだした。



「……し、死ぬところだぜマジでよぉ」


「ご、ごめんねぇ……アタシ、いきなり役立たずになって……」


「んなこたねーって、ほんと助かった。出れるか?」


「あと右足だけ、もうすぐー!」


「あいつはここで倒しておきてぇ。すぐに追いかけるぞ!」



 威勢良く方針を打ち出してみたものの、かといって平気なわけじゃない。

 まだ激痛と倦怠感が全身で仲良く踊り狂っている。

 とりあえず、幸が抜け出すまでに転がっていたフライパンだけでも回収しておこう。



「ぬ・け・たぁ!」


「よし、怪我はないか?」


「うん、吹っ飛んだけど、その先にあった布製品の段ボールがクッションになってくれたみたい」



 見たところ本当にピンピンしているし、怪我もしていない。

 単純に倒れかかった棚が重くて出てこられなかったようだ。

 それにしたって運がいいとは思う。



「血の跡を追うぞ、まだ遠くまで行ってねえはずだ」


「うん! 何も出来なかったし、アタシが先頭で行くね!」


「ああ、頼むわ……」



 ありがたい申し出に二つ返事を返して、店の外へ。


 血痕は、意外なことにビルの階段を上へ向かっていた。

 てっきり屋外に逃げ出したのかと思っていたが、あの足では逃げきれないとふんだのかもしれない。


 幸は無言で先へ進み、フロアの一つ一つを血痕頼りにクリアリングしていく。

 さとうきびは後ろからついて行く道すがら、先程の包丁での反撃を思い返していた。



(なんかちょっとひっかかる。なんだ?)



 巨人はさとうきびを見下ろして踏みつけを行った。

 少なくとも狙いの位置である頭部は凝視していたはずだ。


 だというのに転がってきた包丁にも、

 それを顔の横にとっさに立てるという反撃にも気づかなかったのだ。



(見えにくかっただけか? それとも左足首の出血が意識にも影響してたのか?)



 自分の足がデカすぎて見えなかったのだとしたら思わぬ因果応報だが……。

 結果として両足負傷という大ダメージなのだから、気づかなかったのだろう。



(まあ、いい。倒しちまえば済む話だ)



 四階の店舗前を通り過ぎ、五階へと上っていく。

 そのタイミングで、幸とさとうきび、二人の耳に小さい悲鳴が聞こえた。



「もう一人、いんのか?」

「……今の声、もしかして」



 幸の足が心なしが速まる。

 なにかイヤな予感を感じるが、それでも進む以外にない。


 スポーツ用品店のドアには血の手形が残され、店内の棚という棚は乱暴に薙ぎ倒されていた。


 部屋の中央には、両手両足を縄跳びで縛り付けられたプレイヤーが転がされているのが見える。

 黒髪ボブカットに千鳥柄のワイシャツと、黒のロングパンツという出で立ちには性差を感じ取れない。

 胸元のショートタイを含む全身が、顔も髪も鮮血で染められて変色していた。


 その隣にはあの大男が焦り顔で立ち尽くしているではないか。



「はやく治せ!」


「う、ぐぅう……」


「あ、あの子、アタシをあの男から助けてくれた!」



 幸の言葉が、さとうきびの耳元をすり抜ける。

 『はやくなおせ』という強烈なインパクトを持つ言葉と、わざわざプレイヤーを縛り上げ監禁しているというこの状況。

 おまけに血だらけのその姿は拷問の痕にしか見えない。


 この足し算は瞬時に最悪の状況を想起させた。



「幸、突っ込め、今すぐに殺すしかねぇ!」


「え、あ、わかった!」


「くそ、もう来やがったか……!」



 幸が男の左側──あの捕まっているプレイヤーに近い方だ──へと回り込むのを見て、さとうきびは右側へと駆ける。

 同時に刃物で襲われるのを防ぐためだろうか、例の外皮が全身を覆って再び化け物へと変貌を遂げた。


 だが、



「おいおい、その左拳につけたマリモみてーな塊はなんの冗談だ?」



 あの分厚い外皮をかき集めた塊のような物体が、握り拳の先にぶら下がっている。

 マリモと言ったものの、そのサイズは大男の頭部よりは確実に大きい。



「貴様を、甘く見ては、いないということだ……ダイアモンドボディ、一点集中!」



 威勢のいいかけ声と同時に、男の全身の外皮がズルリと剥けた、ように見えた。

 それは消えたのでもなんでもなく、単純に全身から拳の先へと移動しただけで、マリモはあっという間に巨大な腕のように変形する。


 質量の暴力が手刀のように天井に叩き込まれ、そのまま天板をえぐり落としはじめた。



「そんなのアリかよ!」


「瓦礫に潰れ死ね」


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