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追い込み漁



(不味い、不味い不味い不味い!)



 見えたことに間違いはない、全知の情報は絶対だ。

 奴らは蒸し焼きを狙い、その気になればいつでも飛び込んで来れる。

 教授と野薔薇に迎撃を頼んでも、大鼠が控えている以上は難しい。

 特に野薔薇は、飛び出した先で無効にされれば落下して脱落だ。



(すぐに脱出しなければ死ぬ!)



 火災報知器の類は今なお起動していない。

 大樹出現の余波でイカレたか、距離操作で侵入し細工したか。

 ともあれ、今はそれどころではないのだ。



「セナの攻撃だ!」



 ノウンの不幸が何かといえば、それが見えてしまったこと──それに尽きる。

 そして、本当の危機でこそ人間の本質は詳らかにされるものだ。


 叫びながら立ち上がったノウンは、そのまま部屋から廊下へと飛び出した。



「おい待て、行くなノウン!」


「ノウン君!?」



 滅多に声を荒げないサトリと、次いで教授の驚愕声。

 だがそんなものは、命の天秤に乗るようなものではない。

 人間なんぞ、煙を一呼吸するだけで昏倒する脆弱な生き物なのだから。


 焦ったノウンは完全に我を忘れていた。

 そして()()()背を向けて逃げ出す。



(先に投擲された側よりも、こちらのほうが火勢が弱い……!)



 瞬間の判断で、部屋を出てすぐ右へ。

 焼けた嫌な臭いが精神をも焦がし、怪我の痛みを麻痺させる。



(外に、外にさえ出てしまえば!)



 転びそうになるのを必死に耐えながら、逃げる。

 走って、逃げて、走って、逃げて逃げて逃げて逃げて──



 トスッ


 麻痺した神経にすらはっきりと激痛が走った。



「がっ……!?」



 倒れるその一瞬、ノウンには全てが見えた。


 右のわき腹から血がこぼれる。

 突き刺さった包丁に続き、二本目が出現し胸部にも差し込まれた。


 世界が速度を失っていく。


 開け放たれたドアの向こう、窓の付近に人影が見える。

 元不死狩り真田が、溢れた血で両手を汚していた。



(……そん、な)



 逃げる前までの情報内では、間違いなく乗り込んでくるような様子は無かった。

 それなのに、まるで追い込み漁のごとく先回り。

 間違いない。



(イデオが……バレ……?)



 そうとしか考えられない。

 今思えば、このまま全滅まで高みの見物などとわざわざ口に出して見せたのも誘導だったということだ。

 知られる前提の演技、襲撃からの手際の良さ。



(火炎瓶を投げ込む順番で……誘導された)



 知っているからこそ選択肢を削られた。

 逃げた瞬間を見られていたのか、その仕込みまではわからない。 



(くそ……くそ、くそぉ……!)



 いくら鈍化しようとも、世界の終わりはやってくる。



(パニックになった、方の……負け、か……)



 廊下に滑るように倒れたノウンは、激痛を苛みながら意識を手放した。



~~~~~~~~~~



「ノウン! くそ、先走ってやられやがって!」



 廊下に顔を出したサトリが発する、珍しい叫び声。

 室内の全員が固まる中で、教授が素早く隣室の炎へと飛び込んだ。



「ノウン君、私に任せようとは思ってもらえなかったのは残念だよ……。イッデーオ!」



 教授が飛び込んだ先の炎が消滅する。

 指さしイデオを用いた先も同様に鎮火していった。



「煙までは消せないし、煙の方が危険だ! 姿勢を低く! どこでもいいから外に出て、野薔薇君のイデオで離れるぞ!」


「は、はい!」


「……くそ」



 計画的な襲撃だ。

 ノウンが何を"視た"かは知らないが、狙い撃ちにされたのは間違いない。

 圧倒的な情報アドバンテージを失った今、もはや優勢とも言い難いだろう。



「廊下の窓からセナ君たちの逆側に出るぞ! こっちから軍曹班に接触しようじゃないか!」


「ああくそ、まるで追い込み漁だな……」


「もー! とりあえず風に乗ってください!」


「良い調子だ野薔薇君! あちらには大鼠君がいる、君が能力を消されても私が落下死は防げるが、機動力が損なわれるからね。ビルとビルの隙間を縫うように南西に向かうよ!」


「南西ってどっちですかー!?」


「出てから指示するからまずは退避しろ!」


「了解しましたよ! 窓、開けてる暇無いですね!」



 野薔薇の能力が窓枠ごと吹き飛ばし、次いで四人が風に乗り宙へと舞った。

 すぐに滞留する風に吹き上げられ、滑空しビルの影へ。

 コンクリートジャングルをかき分けながら、ひとまず瓦礫に着地する。



「よっし、来てますか? ここは直接視られる場所じゃないですが」


「まだだ、止まるな!」


「後ろは僕が視ておくからさ、もっと離れた方がいいんじゃないかな?」



 クックが一人後ろを向き、警戒を始める。

 それを見届けた野薔薇は一息ついてから、再び風を束ね始めた。



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