夕刻/大樹の根/会議室
「──セナ君のイデオが、洗脳、ねぇ」
「そうだ。これほどの脅威もあるまい」
ノウンら三名が到着した時、すでにそこには教授と野薔薇の二名が待っていた。
もちろん、それらの事実はノウンのイデオにより確認済み。
黒い女の偵察や、痛み止め確保のための病院への進入といった遠回りこそあったが、日が沈む前に合流できたのも全ては『情報』の賜物だ。
「そしてそれを知ることができたのも、サトリ君の本当の能力が『読心』だから、と」
「飲み込みが早くて助かる」
「……確かに、今の話を信じればモール以降の違和感にも説明が付くっちゃつく、けどねぇ」
窓から差し込む夕日が二人の顔に陰を生む。
教授はもちろん、隣で聞いている野薔薇もどこか表情が固い。
まるでそう。
「今更知りたくなかった、のかな? 野薔薇」
「えっ!?」
サトリの指摘に上擦った声が上がる。
野薔薇の顔がどこかおびえているのは、言い当てられたからだけではないはずだ。
「チームを大切にする、したい、というのなら……。それこそ『洗脳』なんてイデオを手元に置いておく理由は無い。違うか?」
「そ、それは……」
「もしそれが火種となって取り返しが付かないことが起こったら? それこそが最もチームを傷つけるんじゃないか? 皆勝利のためにここにいる。仲良しこよしの友達ごっこをするために参加したわけでもないだろう」
「──おいおい、話しているのはこの私じゃあなかったのかいサトリ君。途中で浮気だなんてあんまりじゃないか!」
割って入った教授の様子は至って普通で、今までと何も変わりが無く見える。
だが、無駄だ。
「いやなに、教授が賛同しないのは野薔薇を優先しているからのようだからな」
「……!」
「甘いと言わざるを得ない。本来なら教授が言って聞かせることのはずだ。どちらとも、不死狩り結成時の情もなにも無かった頃なら、もう少しまともなリスクヘッジをしたはずだ。違うか?」
「……どうやら、勝手にレディの心を盗み見る破廉恥だというのは本当らしいね!」
嫌みたっぷりの返しにも眉一つ動かすことはない。
サトリという男は最も効率よく他者の意見を変えさせようとしているに過ぎないのだ。
「その結果、自分が洗脳されて野薔薇を脱落させる危険があるってことくらい、わかるだろう。そもそも我々だって最終的には敵同士になる」
「まだ不死能力者が残っている可能性だってあるだろう? 不死狩りメンバーだって削られているんだ。組織崩壊との天秤にかけるのはおかしくないはずだよ?」
「ああ、その件だがな。不死能力者はもう居ないんだ」
「……なんだって?」
そう、もう居ない。
交渉を横から見ていたノウンには全てわかっている。
厄介な奴が後二人だけ残っているが、片方は今は手出しする理由が無く、もう一人は現在地から離れた場所だ。
全ては軍曹班と合流し、ゴタゴタが片づいた後で十分に間に合う。
「どうしてそんなことが君たちにわかるんだい?」
「なに、はぐれている間に何もしていなかったわけじゃない。それだけのことだ。そうだろ、ノウン?」
「……ええ。私のイデオで片っ端から不死能力者を予知しましたからね。もう予知できない存在の未来なんてありゃしないんですよ。それ以外にも、知りたいことがあれば仰ってください。情報ならなんでも提供しますから」
さしもの教授も二の句が続かない。
そうだろう、これまでもノウンの『予知』には頼ってきているのだ。
情報の正当性はしっかり刷り込んである。
なにより、チームを尊重するのなら、真偽関係なく教授たちは信じざるを得ない。
「今の流れで、それを信じろって言うのかい?」
「心外ですね教授さん。今までも私のイデオにはさんざん頼っていたじゃないですか」
「それは……そうなんだけどもね」
「今の言い方は、チームメイトを信じないとも取れますよ」
「……ぬぬぬ」
ノウンだって、ジーニアスやドレッドと同様に『契約』を結んだ間柄だ。
まさか、サトリ側の考えを持っているというだけで、仲間の情報を無碍にすることもあるまい。
なにせ、仲間は大切にしたい、のだろうから。
「……野薔薇君」
「わかってますよ、サトリさんの意見の方が普通です。最後はライバルになるんですから」
「なら」
「だけど、なら言わせてもらいますけど! セナが洗脳だって最初からわかってたってことですよね? なんで今、このタイミングで言うんですか! もっと早く、真っ先に密告しても良かったでしょう!?」
「……」
教授が頭脳面を引っ張っているのかと思ったら、野薔薇も存外に鋭い。
これまではサトリがセナを利用していた、などと知れれば悪印象の増加は免れないところだが……。
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