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善人には恩を売れ



 天下一の逃走を警戒しトイレの前に陣取らせていた大鼠が、顔をしかめながら戻ってきた。



「ずっと吐いてやがる。……なぁ、話す必要あったか?」


「あったよ」


「見張る必要もあったのか?」


「あった。万全を期すならね」



 天下一の人間性は、僅かな交流でも感じ取ったつもりだ。

 チャラ付いた見た目に反して人が良く、感性と感受性は高め。

 だが人間、一枚皮の下がどうなっているかなんてわからない。



「けどけど、天下一さん苦しそうで、辛そうだった」


「知ってる」


「……セナ、もしかして、今の話を最後にしたのとか、語り口とか、わざと……?」


「わざとだよ。これで苦しんでくれる保証はなかったけど、それなりに効いたみたいで一安心さ。変身時の記憶もあるっていうのはわかってたし、セーフティーをかけていた理由もよくわかった。なんでもやってみるもんだね」


「せっかく、記憶とかぼやけてるみたいだったのに……。こ、これから味方にしようって人に、なんでそんなこと?」


「売った恩を自覚させたかったんだ。人柄は知ってる、けど信頼はしてない。味方にはしたいけど、背を預けるつもりもない。だから、ああいう状況から救ったっていう事実で押すのが僕にとっても信用する材料になる」


「ううぅ、セナの鬼畜」


「鬼畜になれば優勝できるならそれでいいよ。それに、ピーキーな能力にした天下一だって悪い」



 善人には恩を売れ。

 悪人には益を与えよ。


 もしも天下一が悪人でサトリくらいに頭が切れるなら、ここを脱走して多数派──サトリたちや教授らとの合流を考える可能性だってあったはずだ。

 なにせこちらのイデオは「洗脳」と「無効化」と「超幸運」。

 直接戦闘が不向きな能力頼りのチームだからこそ、条件さえ整えれば暗殺も容易い。


 だが、あの嘔吐は演技ではないはずだ。

 誰かを傷つけ、そこに悦楽を見出していた自分。

 他人を複写しても自分の経験になるということが、殺人の記憶を残すことになるとは想像しきれなかったのだろう。



「……随分、天下一にこだわるんだな」


「そう見える?」


「べつに心理学に詳しいわけでもねーだろお前。なのにトラウマ掘り出す真似事までして。効果があるかもわからねーときた」


「思いついたこと、全部やってるだけだよ」


「上手く刺さったからいいけどよぉ、洗脳のことまで話す必要あったのか? 信頼してないんだろ?」


「仕方ないだろ、次の作戦に必須なんだから。それもあって過剰警戒していた、ってのはあるかもしれないけど」


「ともかく、いくら不利だっつっても手段は選んでくれよ? 恨みを買うのが一番やべーんだせ? ボディーガードからの忠告だ」


「……わかったよ」



 恨み。

 確かに、ゲームの勝敗関係なく狙われるとしたら、それが一番恐ろしい。


 セナが押し黙ってまもなく、天下一がトイレから出てきた。

 顔は青白く、さっきまでの精気がごっそりと抜け落ちているのが目に見えてわかる。



「大丈夫か?」


「……な、んとか」


「ほら、うがいもしにいくぞ」


「はい……すいません、料理戻しちゃって」


「気にすんな、またつくりゃいいだけだって。ほら、こっちだ」



 年長者らしく介助してくれる大鼠のおかげで、セナはただただ天下一の観察に集中できた。

 申し訳なさそうにしている男の背を見送るが、不審な態度は見られない。

 あとは解答待ちだ。



「幸」


「……なぁに?」


「天下一用に、もう少しなにか食料が必要だ。携帯できそうなもの、見繕っておこう」


「うぅ、はぁい……」



 どこか冴えない返事の幸を急かしながら、セナもまた厨房へ向かった。






「じゃあ、了解してくれたってことでいいんだね?」


「──はい。やっぱり迷いましたけど……。俺を助けてくれたセナちゃんたちに、味方したい。俺の本心ッス」



 目論見通り──かはわからない。

 だが、落ち着きを取り戻した天下一は、開口一番で共同戦線を承諾してくれた。



「最初の相手は、サトリさん、ッスよね?」


「それだけで済めばいいんだけど、ね」


「……他の仲間とも戦うかも、しれない?」


「僕のイデオを危険視するメンバーがいるなら、そうなる。結成時だってそういう方針だったんだしね」


「……」



 少しうつむく天下一の顔は暗い。

 強力な同盟だったからこそ、それがまとめて敵になった場合の恐ろしさは理解できるのだろう。



 その時、まるでどこかで見ているのではないかと疑いたくなるほど完璧なタイミングで、トランシーバーが鳴り出した。

 もちろん、連絡の主は情報屋だ。



「ちょっとごめん、頼んでた情報がわかったかもしれない」


「あ、もちろんどうぞ! 俺、幸ちゃんの荷造り手伝ってきますから!」


「ああ、頼んだよ」



 話した感じ、あの様子なら恐らく大丈夫だとは思うし、あそこには大鼠もいる。

 変な気は起こさないと自分の猜疑心を沈めながら、スイッチを入れた。



「こちらセナ」


『情報屋だ、探ってきたぞ』


「流石。ノウンの能力が予想通りなら、近づくことも難しいだろうに」


『話の内容までは無理だ。だが、今どこにいて、誰と会話しているかくらいなら探れる』


「結果は?」


『お前の想像通り、最悪の展開って奴だ』



 想像はしていたことだ。

 セナがサトリの立場なら、同じことを考える。

 


『サトリら三名の現在地は大樹の根。おまえ達が頻繁に会議に使用していた、ビル三階の会議室内にいる。ちょうど、教授・野薔薇とお話中だ』


「やっぱりか」



 不死狩りの生き残りの中でも、恐らく最強に近いイデオの持ち主。

 彼女らが敵に回れば、当然ながらピンチの上積みになるわけだ。



『思ったより悲嘆しないんだな』


「まあね、最重要の協力者はたった今、確保できたところだし」


『フルコピーか』


「そうさ」



 もとよりいつかは戦うことになる相手だ。

 それが早まるかどうかに過ぎない。



「まあ敵対するにしろしないにしろ……今の目標はサトリ、ノウンの撃破とクックの拿捕、でしょ?」


『もちろんだ』


「教授たちを侮る訳じゃないけど、作戦に支障はない。ピースは全てそろった」


『……』


「さ、始めるよ。僕たちの奇襲作戦を」



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