ファントム
吸って、吐く。
次第に呼吸は穏やかになっていく。
セナの瞑想に近い行動に、二人も口を閉じていた。
大鼠が何か言いたそうにしていたが、幸が手で制して止めた。
なるほど、もう一つ可能性がある。
この、集団催眠に近いイデオは、不死狩りメンバーを始め、イデオ紹介を見ていた全員にかかっているという可能性だ。
(これ下手したら、いつまでかは不明だけど僕もこんな会話をしていた可能性があるってことか)
今のセナの状態が正常かどうかなんてわかりはしない。
もちろん、なぜセナだけが異端になったのかも不明なままだ。
とはいえ、このような状態を作り出せるとしたら、そんなイデオは想像しやすい。
(この空白の能力の正体は……認識改変能力だ)
幸ノートに記されていたのは、プレイヤーNo.50、プレイヤーネーム『ファントム』。
闇の底に沈んでいた、新たな脅威が顔を出した。
(おそらくこの二人は、ちゃんと本物だ。あんな爆心地で偽物とすり替える手間をかけるくらいなら、さっさと僕を殺している)
ようやく取り戻した冷静さによって、脳の再回転が始まった。
順番に整理すれば、わかることもあるはずだ。
(まず、僕は今の今まで違和感に気付いていなかった。どこかで認識が正常になり、情報を読み返したことでやっと気が付いたということだ)
幸に録画を命じ、見返しながら幸ノートだって確認している。
あの時点ですでに術中にはまっていたのは間違いない。
(しかも二人の言葉から察するに、大したことがない能力だと認識させられている。だというのに具体的な能力詳細を把握していない)
推測通りならば、直接殺傷が困難な能力だ。
どこまで汎用性が高いのかは不明だが、このイデオで狙う勝利方法は一つしかない。
(認識を操作することで警戒心を消し、チームに紛れ込んで掌握。チームメイトの心理を操りながら自在に動かして……残り一チームになってから、最後は警戒させることなく背後から殺す)
やっていることは広域洗脳だ。
無論、セナのような相手の意志を消し去る異能ではなく、本来の意味での洗脳……思いこませ信じさせる形の極地。
「……軍曹班は、危ないか」
「あん? 今度は何を言い出すんだよ」
「セナ?」
(一度の能力使用でこの有様なんだ。ずっと行動を共にする軍曹班には、適宜イデオをかけ直しているはず。ならすでに、ファントムの操り人形にされている可能性が高い……か)
やはり、予定の変更をする必要はない。
むしろ最初から敵として認識できるだけ、迷わなくてすむとプラスに捉えておこう。
(問題は、この二人か)
先ほどから心配そうにみつめてくる幸と、やれやれと首を振っている大鼠。
チームで動くなら、この二人の認識も正常にしておかねば不味い。
能力の影響を取り除いておかねば。
「……そうか」
どうしてセナだけが正気に戻ったのか、心当たりにたどり着く。
思えば、セナ自身だって同じような心配をしていた。
「大鼠、能力無効化を幸に撃ってくれ」
「あん? 本当にどうしちまったんだよセナ!」
「頼む」
「頼むったって……」
一見すると、突如おかしなことを言い始めた相手がさらにおかしな要求をしてきた、と捉えられるだろう。
もちろん、一から説明することもできないことではない。
(さあ、どうなる)
ある種の期待をセナは寄せ、成就を待つ。
そして幸の口が開かれた。
「……それが一番なんだね?」
「そうなんだ、幸」
「なら、大鼠さん。アタシからもお願い」
「……」
幸の視線が、隣に座る大鼠を見上げる。
しばらく交互に見ていた大鼠も、観念したようにため息をついた。
「あー、わかった、わかったよ。別に撃つのは一瞬でいいんだろ?」
「もちろん」
「んじゃ、使うぜ」
大鼠が腕を持ち上げ幸へ向ける。
イデオが目に見えない力である以上、その変化を推し量ることはできない。
「ほら、終わったぞ」
「……みたいだよ? 次はどうすればいいかな」
「ノートのさっきのページだ。もう一度見て欲しい」
「うん、いいよ」
改めて、広げられたノートを見た幸。
その表情が瞬く間に凍り付き、目をこすり始める。
「え? あれ? うそ、え? なんで?」
「おいおいおい、幸の嬢ちゃんまでどうしたんだよ」
「だ、だって……何にも書いてない!」
(やはりそうか)
二人とセナの違いで真っ先に思いついたのは、能力無効化を受けたかどうかだ。
レインボーモール戦争において、ジャンヌへの洗脳が途切れるのではないかと危惧していたが、その推測は正しかったということになる。
(能力無効化で相手から受けたイデオの影響を消せるのだから、何も不思議なことじゃない。僕はあの暗闇から救われたとき、同時に催眠も解けたんだ)
となれば、セナ以外にも暗示が解けているプレイヤーが居る。
教授、野薔薇、ドレッド、そしてサトリだ。
(仮に軍曹班との合流を目指しているなら……何が起こるかな)
まあ、それはこちらの問題ではない。
むしろ仲間割れしてくれるなら好都合。
ファントムの存在は確かに脅威だが、存在を知れたセナが一歩有利になったとも言えた。
「──いやだから、『 』って書いてあるだろ?」
「だーかーらー、なんにも書いてないのー! ていうかそれどんな発音してるの!?」
「ついさっきまで同じ意見だったのに……セナ、どういうことだよ」
ヒートアップしていた二人だが、先に白旗を揚げたのは大鼠。
助けを求める視線に、的確な答えを与えてやることにしよう。
「なら、自分に無効化を使えばいいよ」
「自分にぃ? どうなるんだよそれ」
「心配しなくて良いよ。それやってる無効化能力者がいたけど、効能はかけられたイデオの解除だけだから」
「……わーったよ、なんか今度は俺がおかしいやつみたいになっちまったしな。イデオ発動」
モーション少なく、大鼠は一瞬だけ目を閉じて無効化を使用した、のだろう。
再び目を開いてもなんら変わった様子はない。
「……で?」
「「見てみて」」
「ハモるなよ……」
押し切られた大鼠の視線は三度ノートへと落ち。
「──なんじゃこりゃぁ!?」
今度こそ、大男の絶叫が響きわたった。
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