『幸』と『さとうきび』
その頃、セナが接敵を考えていた影……プレイヤーNo.79『さとうきび』もまた、別のプレイヤー二名の様子を盗み見ていた。
片や黒の学生服の少年で、腕を組んで見下すような仕草が目につく。
仏頂面のまま、動く気配は全く無い。
相対しているのは作務衣の男だ。
握りしめられた拳は、皮膚の表面が泡立つように脈打っており、何かの能力なのは明白。
戦闘の開始を嫌でも予感させる緊張の最中、先に動いたのは男の方だった。
「溶けろォ!」
拳の先から粘性の高い緑色の液体が溢れ出し、それが敵を飲み込もうと渦を巻く。
その間合いは5メートルもなく、少年の方はピクリとも動かない。
「死ね」
少年が行ったことと言えば、そんな宣告一つだけだ。
だというのにどうだろう、その言葉が紡がれた直後に男性は勢いそのままに倒れ、転がった。
謎の液体の精製も止まり、もう動く気配は無い。
一部始終を確認したさとうきびは、ひとまずその場から消えようと一歩下がる。
「そこの電柱の影にいるプレイヤー、出てこないのか!」
「うへっ!?」
飛び出した悲鳴は口を抑えても吐かなかったことにはならない。
渋々のていでゆっくりと少年の前へと歩み出るが、お相手といえばやっぱり小揺るぎもしていなかった。
とても学生の貫禄ではない。
「あれー、もしかしてバレバレだった?」
「あれで隠れているつもりなら、尾行の才能は皆無だな」
傲岸不遜という言葉がぴったりな鼻につく声色と、態度から滲み出ている絶対の自信。
目の前で起きた一瞬の勝敗まで目にしていたさとうきびは、しかし冷静さを崩さない。
「……いいじゃん別に。それでアンタがどうこうなるわけでもなし。で、何か用? それとも弱虫ネズミ一匹をすぐ潰せないほどの雑魚能力であらせられる?」
「俺の勝ちは絶対だ。お前の死も絶対。だからお前にも十秒やる。俺に付くか、この場で死ぬかを選べ」
とてもじゃないが取引とは呼べない一方的な内容に、さとうきびの眉間が寄る。
言うなれば勧告か、最後通牒のようなものだろうか。
だがこれはサバイバルゲーム。
勝者は一人だけだと定まっている以上、どちらを選ぶかなんて考えるまでもない。
「九、八、七」
「こんな害虫に十秒もくださるなんて、最近の死神はお優しいことで」
「六、五、四」
「いや逆か、こんな羽虫相手にも十秒の時間稼ぎが必要ってことでしょ?」
「三、二、一」
「そんな能力使い物には──」
「零だ、『死ね』」
少年はさとうきびを睨みつけ、死を宣告した。
だが、直後に死んだのは──少年の方だった。
路地裏アスファルトの黒い油へと前のめりにダイブした学生は、もうピクリとも動かない。
「うわーこわ、こっわ!」
さとうきびは足の先で頭部をつついて確認するが、脱落しているのは疑いようもなかった。
「何のイデオだったんだろ? やっぱり相手を即死させる能力? やばー、俺ってばジャイアントキリングじゃん。ていうか、その通りだったなら別に見逃すのも選択肢だったんだけどなー。神様王様天狗様って態度がもー気に入らねぇ」
少し浮かれ声のさとうきびは、気付かない。
路地に面した小窓から外を観察しているセナの姿にも、気配にも。
~~~~~~~~~~
セナはダイアマイトに肩車させ状況を把握し、現状の幸と不幸の振れ幅に思わずこめかみを押さえていた。
潜んでいるのは、軽薄そうな男が学生服の少年を倒した路地に面するビルの一階。
音を立てないように床へ降りると洗脳の強度を調整し、言葉を出さずに次の命令をダイアマイトの意識にたたき込む。
キャパシティを大幅に使うがかまわない、気付かれるのが最悪だ。
二人は静かに五階まで上っていく。
窓を静かに開いて見下ろすと、勝利した男は物言わぬ学生のポケットなどを確認している最中の様子だ。
(あれは殺す。必ずここで殺す)
五階のその部屋は、小さなスポーツ用品店のようだった。
セナは店売り商品として置かれていた鉄アレイをダイアマイトに持たせると、視界を完全に自分のそれと同期させ、自ら狙いを定めていく。
(あいつの能力は、間違いなく『能力反射』……僕の天敵だ)
決意に時間は必要ない。
『手をこの位置へ』、『鉄アレイから手を離せ』と、細かい命令を重ねることでラジコンのように操縦していく。
その通りに握っていた手は開かれ、10キロの鉄塊は自由落下を開始した。
これで即死しなければ、次はイデオで全身を覆ったダイアマイトを落下させ、とことんまで殺し尽くさなければならない。
それほどまでの脅威だとセナは判断していたし、この場で脱落させるのは必須条件だと覚悟を決めている。
もったいないなんて思わない、ダイアマイトはここで使い潰してもいいのだ。
こんな最序盤から天敵を人知れず消せるチャンスなど、今後二度と訪れるかもわからないのだから。
確実にここで──
「あぶなーーーーい!!」
「うおっ!?」
絹を裂くような悲鳴を受けて、驚いたさとうきびは反射的に距離を取ろうと跳ね飛んだ。
そして、その鼻先1センチを掠め、鉄アレイはアスファルトを跳ねて甲高い金属音を響かせる。
(なんだって!?)
「あ、さっきアタシを襲った人だ!」
しまった、ダイアマイトの姿を見られた!
とっさに体を引っ込ませるものの、標的の男と瞬間的に目が合う──
「うっわくそ、物理的に殺そうとしてきやがったのかよ!」
「だ、だだだ、大丈夫!?」
「え、あ、えっとまあ、大丈夫……だけどアンタは?」
「あ、アタシもさっき、あのおっきい人に襲われたの!」
屋上の時と違って階層が低く、また少女の声が大きいおかげで会話は拾えている。が、同期していたこともあり脳の疲労が凄まじい。いったん自律行動に切り替え、次の投下物をかき集めておく。
「アンタもか! てことはもしかして、共闘の誘いって奴か?」
「え、あ、共闘……になるのかな? でもでも、あんな悪い人、そのままにしておけないよ」
まさかとは思うが、そんなことがあるのか?
不意打ちでプレイヤーを消し、確実なアドバンテージを拾うつもりだったのに、くだらない偶然の連鎖で二対二になるなんて、そんな。
いやあり得ない。どう考えても女は怪しい。
背後を取られて殺されるのがオチだ。
そうだろ?
そうだと考えてくれ。
視界の悪いビル内での戦闘となれば、リスクを負うことになりかねない。
「なら、アンタとは最終的には敵同士だが、ここは共同戦線と行こうぜ。俺のプレイヤーネームは『さとうきび』だ、よろしく」
「は、はい! えっと、アタシは『幸』、よろしくね!」
(最悪だ……)
両手で頭を揉みながら、能力の影響であろう頭痛を取ろうと目を閉じた。
敵は反射能力と、未知のイデオ。
対してこちらは複数にかけられない力なうえ、『さとうきび』なる男に対しては無力ときた。
反射に対してどれほど有効かはわからないが、ともかく、ダイアモンドボディを上手く使うしかない。
(世の中、ままならないな、もう!)
どこまでも順調に行かない現実に咒詛を送りつつ、ビルへ入ってくるプレイヤー二名に対処するため、セナは行動を開始した。
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