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見えずとも獲物



「ルリ、怪我はないか!?」


「う、うん……多分大丈夫」



 三名のプレイヤーが離れていく最中。

 屋上では戒場捜査官、いやさ『スケアクロウ』が、透明少女『ルリ』の体の心配をしていた。


 迂闊としか言いようがない。

 予知と言いながらもホテル内では捕まらなかったという話から、あくまで降りかかる厄災にのみ警戒しているものかという都合の良い解釈をしていたわけだ。

 蓋を開ければ、五分おきに潜伏場所を変えさせていたルリが一発で捕らえられる始末。

 はっきり言って、指示を出したスケアクロウの考えが甘かった。



「悪い。能力のことは警戒していたつもりだったのに」


「だ、大丈夫……。だって、かいばさ……す、スケアクロウさんが、ちゃんと助けてくれたもの」



 台詞は気丈に振る舞っているが、声の震えですぐに察した。

 顔が見えないと、ここまで声色を気にしてしまうものらしい。



「……ルリ、今までに能力を解除したことは何回あった?」


「え……?」


「大事なことなんだ、答えてくれ」


「な、なかった、よ? スケアクロウさんに見つかって、声をかけられた時の……あの一回だけ」



 スケアクロウは一度だけ、ルリの素顔を見ている。

 プレイヤーを屋上から突き落とした直後の、恐怖と興奮と安堵に情緒が乱された少女に、「そこにいるのか」と声をかけたその刹那。

 肩にかかる黒髪と、あどけなさ残る整った顔が確かにそこにあった。



(ルリはどんなときでも常に透明を維持している。なのに、バレた。それも、一度見逃している相手に唐突にだ)



 なにかカラクリがあるはずだ。

 だがそれが何なのかは皆目見当が付かず、憶測にまみれた妄想しかできないのが現状。

 いずれじっくりと考えて、あのノウンというプレイヤーへの対策を練る必要はあるだろう。



「ともかく、ここを離れよう。走れるか?」


「うん、多分」


「ルリを背負った上で空を飛べりゃ良かったんだが、そんな動物を俺は知らないからな。安全圏まで下がるぞ」


「え……でも、クックを捕まえなきゃじゃ……」



 もちろん当初の目的はそれだし、そのために張っていたのだが、すでに状況は大きく変わってしまっている。



「いいか、ルリ。どういうわけだかあいつらは、お前の位置を正確に把握できるらしい。そのうえ、俺の能力も見られちまった」


「う、うん」


「これはな、ピンチだ。透明だから安心して工作が出来る、ってのはもう通用しない。元の有利を取り戻したいなら、クック以外のあの二人……ノウンとサトリを倒すほかなくなっちまったんだ」



 スケアクロウの目的はゲーム内の調査だが、ルリに手伝わせる見返りに勝利させるという約束がある。

 透明であるという唯一のアドバンテージが消えた場合、守りきれる自信は無い。

 仮にルリだけが生き残ったとして、脱落は必至だ。



「……じゃあ、えっと、どうするの?」


「クックの確保は後回しにして、ノウンを、出来ればサトリも倒す」


「で、でも、私たちものすごく警戒されてるし、近づいてもバレちゃうんじゃ……」


「わかってる。俺たちの戦い方をもう忘れたのか?」



 別に、最終的に脱落してくれればいいのであって、直接手を下す必要はない。

 無論、モールでの戦いのように介入すること自体は辞さないが、あくまで戦闘の主体は他人に任せるべきだ。

 すなわち、今後の方針は。



「ノウンとサトリを倒してくれそうなプレイヤーと接触して、協力関係を作る」


「……不死側の、作務衣のお姉さんみたいな?」


「あれくらいドライな関係でもいいが、そこは相手次第だな。ひとまずここを出て候補を探そう。ルリにも役に立ってもらうぞ」


「……! う、うん!」



 声の震えも消えた、良い返事だ。

 スケアクロウは少しだけ微笑むと、すぐに燕へと変身した。



「痛かったらいつでも言えよ、馬にでも熊にでもなって乗せてやるから」


「う、え、あー、うーん」


「どうした? やっぱり痛いのか?」


「いや、違うよ!? 痛いところは、ないんだけど……」


「?」


「その、熊さんには、乗ってみたいな……って」


「……隠れ家に着いたらな」


「やったっ!」



 やっぱり年相応の子供なのだと再認識し、戒場はどこか安心していた。

 瞬く間にその場から消えた二人のプレイヤーは、都市部の南下を開始する。


 生き残りの道を塞ぐ障害を、吹き飛ばしてくれそうな協力者を捜して。




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