日雇料金七萬円也
「あとはあるか?」
「……細かく聞きたいことはあるけど、時間もそんなにないからね。最後に一つ」
「おう」
「僕を護衛する気はあるか?」
至って真面目に、大鼠の感性にピッタリな言葉を選んだつもりだった。
「──うはははははははは!」
だというのに、この軽口ボディーガードときたら目を丸くしたかと思えば、思い切り吹き出して笑い始める始末。
「なんで笑うんだよ!」
「くっくくくく……いや、ぶはっ、ははは!」
「おい! くそ、幸もなんとか言ってやってよ!」
「なんか、二人とも仲良いねぇ」
「どこが!?」
今は大鼠が味方をする気があるのかどうかの話であって、ビジネスライクな話題のはずだったのに。
何故だ。
「ほら、笑ってないで答えろよ!」
「ぶはははっ! いやー、なんでか笑えたわ。悪い悪い。サトリの旦那もこういう口説き文句をよこしゃいいのにな」
先ほどまでの冷たい緊張感も吹き飛んで、いつもの大鼠だ。
人懐こい笑顔が鋭い犬歯を覗かせる。
「なんだよ、やっぱりサトリとも組む気はあったのか?」
「そりゃなぁ、俺としちゃあ班のメンバーはそのままが良かったに決まってる。まあ、悲しいかな誰一人として俺みたいな考えを持っちゃ居なかったわけだが」
「サバイバルゲームなんだから当たり前だろ」
「わーってるよ、わーってる。場違いなのは俺の方だ」
後頭部を掻きながら、清々しく悪態をつく男。
セナにとっては味方になってくれるならそれでいいにしろ、気分も悪くなかった。
「ボディーガードを雇うんだ。もちろん依頼料はあるんだろうな?」
「やっぱりそうくるか」
予期していたことだし驚きはない。
セナは金よりも副賞のほうが目当てなので、なんなら賞金は幸と大鼠で山分けにしてもらってもいいくらいだった。
「で、いくら欲しいんだ? 言ってみなよ」
「七万円だな」
「……は?」
「だから、七万円だ。もちろん、セナが優勝できたときだけでいいぜ」
「いやいやいや、そんなんでいいの!?」
優勝が目当てでは無さそうだったけど、それにしても欲が薄すぎる。
賞金制大会なのだからもっと持って行っていいくらいだろうに。
「一日雇うって形にしてくれた方が、こっちも迷わなくて済むしな。ここまで関わっちまった以上、さっくり仕事モードになったほうが気分も楽になるしいいだろ」
「もっと、こう。賞金の半額を寄越せとか言うのかと」
「言って欲しいのか?」
「いや要らないなら僕が貰うけどさ」
値段の真意はわからない。
それでも、言葉に嘘がないことはセナにもわかった。
「ま、セナの考えが正しいなら、俺もサトリの旦那に敵認定を受けたってことだろ? つまり俺も狙われる立場になったってわけで、応戦しなきゃならねぇ。中途半端な気持ちのままでさっきまで組んでた相手を殴るのは気分悪いんだわ」
「……依頼なら気分悪くならないのか?」
「悪いに決まってる。ただ、躊躇無くできるようにはなる。仕事だからな」
大人って怖い。
「てなわけで、セナさえよければ契約成立だ。日当七万円、悪くないだろ」
「もう僕を試すようなことをしないなら、お値打ち価格かもね」
「サトリの旦那がやけに煽ってきたからな、セナは小賢しいって。ちゃんと賢いのはわかったから指示にも安心して従うぜ?」
「……七万円分以上にこき使うからね」
「やってみろ、ガキめ」
ニヤリと笑う大鼠へと右手を差し出す。
たくましく大きな手に包み込まれ、力一杯に振られた。
普段なら小言の一つでも言ってやりたくなるガサツさではあれど、今回だけは気分がいいから許しておくことにした。
「……よし、そうと決まればすぐに移動するよ」
「お、早速だな」
「体痛くないの? 大丈夫?」
「そりゃあ痛いけど、サトリより先にやらなくちゃいけないことが多いからね。確保したいプレイヤーも居るし、ここは急いでおきたいんだ」
「了解したぜ。まあ、とりあえず直近の目標とかはちゃんと共有しておいてもらえると助かるが」
「そうだな……とりあえず努力目標も含めて四つ」
ここからはスピード勝負だ。
絶対に欲しいプレイヤー、できれば欲しいプレイヤーの区別をしつつ、目下最大の脅威についても考えておかなければならない。
「廃ビルに置きっぱなしだった僕のカバンの回収。野薔薇の確保。天下一の発見。そして……ノウンの能力の正体の看破。この四つを優先して動いていくよ」
「……正体の看破? なんだそりゃ、予知だろあいつは」
「いいや、予知じゃないはずなんだ」
あくまで仮説にすぎないにしろ、セナには思うところがあった。
思い返せばいくらでも溢れ出す、ノウンの怪しさ。
例えば、やけに小出しにされてきた情報。
例えば、爆発寸前という手遅れ状態での警告。
そして何より、モール内の戦闘で抱いた違和感。
「もしもノウンが敵に回ったら、面倒くさいことになる。対策も含めて考えながら進もう」
「とっくに死んでる可能性もあるぞ」
「教授が守った可能性だってある。教授なら、あの爆発でも死にはしないだろ」
殺しても死なないだろう不気味な不死身感が、あの少女にはあった。
「むちゃくちゃ言うぜ、なんでもありだな。石橋ってのはそこまで叩かなきゃいけないもんか?」
「それはプロの発言ってことでいいのかな?」
「……いや、忘れてくれ。ちゃんと説明はよこせよ?」
「はいはいはーい! 説明ないとアタシなんもわかんないからね!」
「もちろん、道すがらにね」
頷く両者と共に立ち上がり、セナは瓦礫の穴の中から這い出ようと手を伸ばす。
下から大鼠に押し上げられなんとか地上へと顔を出すと、深い雲だか煙に覆われ光が分厚く遮られていた。
まるで、ここから先の戦いを暗示しているかのような、不気味な空模様だった。
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