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けじめ



「……洗脳ってのは具体的にはどんな能力なんだ? 聖女サマの言動は、全部が全部お前の演出だったのか?」


「ちょっと難しいな。僕の洗脳は相手の思考に介入・同調して操ることなんだけど……。例えるなら相手の思考にコントローラーをくっつけて、僕の方で操作したり、自動操縦にしたり、言っちゃいけないことを言えなくしたり……」


「洗脳っていうより、操縦の方が近いよね」


「確かに、そっちの方が正しいかも」



 流石に、一度操られているだけあって理解度が高い。

 幸の補足に納得したのかどうなのか、大鼠は再び瞑目していた。



「あのモールでの決戦の時、聖女サマが幸の嬢ちゃんを知っていたのも」


「ああ、あの時は完全に僕が中に入っていたよ」


「……」



 再びの沈黙。

 幸がどこか不安そうに、交互に顔を見ている。



「それが知りたかったんだよな、俺は」


「……質問は終わり?」


「ああ、十分だ。今度はセナの番だな。何でも聞け」



 開かれた大鼠の目には、鋭さと冷たさが同居している。

 緊張感が場に満ちる前に、早々に詰めてしまおう。



「じゃあ単刀直入に。僕を殺さなかった理由は?」


「そうだな……。俺なりに、セナから聞きてぇことができたからだな」


「聞きたいことって?」


「まあ、頭から話させろ。決起集会の時に言ったかもしれないが、俺はステゴロでの戦闘がしたくてゲームに参加している。ぶっちゃけ優勝はどうでもいい」



 これはまた、ふざけた理由の参加者がいたものだ。

 抽選漏れしたプレイヤーたちが今の言葉を聞いたら怒り狂うに違いない。



「それなら別に、このゲーム以外でもいいでしょ。格闘ゲーム紹介しようか?」


「いや、上手く言うのは難しいんだけどよ。それはあくまでゲームだろ? けどこのゲームは、ゲームで済ませるのが難しいくらいにリアルだろ?」



 確かに、ビルの階段を駆け上ればすぐに息が切れ、本来のVRゲームでは実装されていない痛覚なども再現されている。

 今最もリアリティある第二の現実と言えるのはこれくらいのものだろう。



「このゲームを選ぶ理由はわかったけどさ、そんなにステゴロしたいの?」


「したいっつーか……俺は、そう。ボディーガードみたいな仕事が生業でな。最近はちょっと一線を退いて体がなまってた」


「この状況だとなかなか怖い自己紹介だね」


「取って喰やしねえよ。んでまあ、ステゴロのリハビリってんでこのゲームを勧められてな。もう何回か参加してる」


(……勧められて? 何回か?)



 やはり、以前からの参加者というのは存在しているようだ。

 その点も掘り返したいところだが、この状況で話の腰を折るのもよろしくない。



「それ、リハビリになるの……?」


「嬢ちゃんの言いたいこともわかるぜ、ゲームと現実は違うもんな。けどまあ、現実で体が鈍ると、理想の動きってのがだんだん歪んでいくんだよ。錆び付いた体の方に理想を合わせちまいそうになる。だから最高の動きを忘れないために、継続的に脳味噌動かしに来てるんだ……が、まあ、そこは今はどうでもいいな」



 大鼠の言葉にはどこか違和感があった。

 まるで、自分の意志で自由にゲームに参加できているような言い方。



(過去の大会はもっと倍率が低かったから、複数回の参加が現実的だった、ってことか……?)


「んでまあ、職務のことは忘れてゲームに参加するようにしていたし、これまではそうできてた。日本のボディーガードって案外、プロを相手にすることは少ないからな。能力無効化で同じ土俵に立たせられるのも良い。刃物を持った素人、拳銃を持った素人……仮想的には困らなかった」



 プロが素人をボコボコにしていると考えると弱い者いじめにも聞こえるが、相手も殺す気でイデオを選んで参加しているのだしそこまで陰湿でもないか。



「けど、今回は不死狩りなんて面白そうなことやってたからと参加したせいで……ちょっとごっちゃになりかけたんだよ」


「ごっちゃ?」


「このゲームがリアルすぎるせいで、つい仲間を護衛対象にしそうになった。リアルに出来てるからこのゲームでリハビリを始めたのにな」



 そういえば、いつか言っていた気がする。

 こう見えて俺は守るのが得意だとか、なんとか。



「んでまあ、仕事と趣味は分けるべきって変なことに固執しちまって、モール内ではかなり優柔不断な動きとか、ミスも連発しちまった」


「……ちなみに、ミスって?」


「セナは、見てたんだろ? 俺の独断専行を」



 言われずとも、よく覚えている。

 あの黒い女を止めるためと先行した大鼠だけが分断され、結果としてジャンヌ・ベートーヴェン・ジーニアスは脱落した。

 結果論になるが、あのとき分断されずにいれば、爆弾能力を封じ込め完封することもできただろう。



「やっぱり、いくらオフの遊びとはいえ、俺の言動が原因で味方が脱落するってのは堪えたんだわ。特に今回は特別な回だしな。そんな時に、サトリの旦那から聞かされた。聖女サマはセナが操っていたんだと」



 今までの話からして、大鼠はジャンヌ班というくくりを大事に扱っている。

 サトリも読心がやりやすかったことだろう。



「セナの言うとおりだ。洗脳は危険だからここで死んだことにしてしまおう。別に幸の嬢ちゃんまで殺す必要はない、ってな」


「アタシだけ省かれそうなのも、なんかちょっと複雑……」


「確かに、身内判定しちまったセナを殺したくねえって心情部分は大きかったさ。けどそれ以上に、俺は知りたかったんだ」


「……何を?」



 セナの問いかけに大鼠は顔を渋める。



「あの時の聖女サマは、本当に聖女サマだったのかをだよ」


「知って、どうなるのさ」


「どうにもならねえよ。けど、知っておくべきだと俺は思った。理由と言えるのはこれだけだ」



 長い身の上話が終わり、大鼠はふぅと一息ついた。

 もしかしたら、この男は見た目よりずっと真面目なのかもしれない。



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