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パイプライン・ボム



「おっと、俺は両手使ってるからさ。真田ちゃん応答頼むよ」


「あ、わかりました」



 派遣前に受けた丹念な使用方法のレクチャーに加え、ご丁寧に持たされた説明書もある。

 真田はたどたどしい手付きでボタンを押し込み音量を上げた。



『こちら! 邪なる統率者(イービルドミネーター)ミスラ! である! 四番(クラーラ)六番(セーサ)は状況を報告せよ!』


「はーい、真田です。聞こえてますよ」


『クルァ! 六番(セーサ)だろうがー! はい、やりなおしー!』


「えぇ……でも、あんまり意味があるようには」


「俺としては、合わせといた方がいいと思うよ真田ちゃん。じゃないと何時までもめんどくさーく噛みついてくるって」


『めんどくさくじゃなーい! 規律だっつの!』



 どうにもロールプレイには並々ならぬこだわりがあるらしく、呼び方に関して引く様子はない。

 勝敗に関わらない部分は部下の従順性も薄れるのか、金剛巨人一番(ウーヌエ)以外は渋々といった具合だ。



「えっと、じゃあ……六番(セーサ)? です」


『よろしい! はい、もう一人!』


「うっわ飛び火した! えーっと……五番(クリーラ)? だぞ」


『クリーラは五番だってばー! 四番はクラーラ!』


「いやわっかんないっしょこれ! 一文字しか違わないじゃん! 俺以外もわかんないって!」


『こーの脳味噌スクランブルエッグ! ミルクとコルクも一文字違いで別物だよ!』


「例えが余りにも頭悪いんだけどこれ」


『もういい、帰ったら覚えさせるからな! 今はさっさと報連相!』


「ったく……えー、真田ちゃん頼むわ」


「丸投げはヒドいですよぉ……」



 作業しながら肩を落とすという器用すぎるリアクションを披露するスプレッドは差し置かれた。

 真田はうっすら虚空を見上げながら止まった脳に燃料をくべる。



「今は、レインボーモールの下水管に順調に注ぎ込んでいます。予定の、えっと、八割くらいが終わったかな?」


『ちゃんと距離を取りながら作業しているな?』


「はい、そこは問題なく。私たちより後ろと、レインボーモール近くの二カ所をせき止めて、ガソリンの流出は防いでます。近づいていないので、懸念されていたように気付かれることもないと思いますよ」


『ガス管はどうだ?』


「えっと、所定のポイントの真上にちゃんとありました。一番(ウーヌエ)さんが下水道の天井を壊して露出させてくれて……今はちゃんとガス漏れ中です」


『よーしよし、八割か。それだけ出来てればまあ及第点だろう! 四番(クラーラ)六番(セーサ)の両名は作業を終了しポイントΩから離脱。距離を操作しての着火後、爆発が落ち着いたらでいいから、四番(クラーラ)は二種の洗剤を精製・散布しながらポイントαへと帰還するように』


「はいりょうかいー」


「……あの、ミスラさん」


『どーした六番(セーサ)、不明点があったか?』


「いえ、えっと、よくこんなひど……じゃなかった。すごい奇襲を思いついたなって……」


『ああ。別に我が思いついたというわけじゃない。ちょっと事例を知っていただけだ』



 真田とスプレッドは互いに顔を見合わせた。

 ミスラは続ける。



『愉快な知識ではないぞー。けっこう昔にな、とあるアメリカの会社が管理していた燃料輸送パイプからガソリンが漏れるって事故が発生した。漏れ出した燃料のせいで川はピンク色に染まるほどだったらしい。案の定、大爆発事故を引き起こしたんだ』



 なぜそんなことを知っているのか、というのは余計な質問だろうか。

 とはいえそこから着想を得た作戦なのは間違いないだろう。



『もちろん、四番(クラーラ)のガソリン放出量ははっきり言ってその事故とは比較にならないほど少ない。言うなれば川と鼻くそだ』


「誰が鼻くそだ誰が」


『だが、日本モデルの都市部ならば、下水道の近くにはガス管もセットで埋設されている! モールの真下にガソリン溜まりを作ることで、合わせ技でまとめてボンッってわけだな!』


「わけだな、じゃないですよ……」


「あんなに目立ちたがらなかったのに。爆発起こしたら下水道警戒されるんじゃねーのって、素人考えながら思う訳よ。俺としては」


『だからこそ、調査の手が及ばぬように……塩素ガスの散布も頼んだぞ四番(クラーラ)!』


「あーもう、仕事多いなぁ」



 ぶつくさ文句を言いつつも、不思議と反感は湧かないし、従う気になっている。

 これがイデオの力なのか、それともミスラのキャラクターに依るものなのかはわからない。



「えっと、了解しました。では、今の作業が終わったら爆発させますけど……合図とかはあるんですか?」


『いや、合図はない。準備が出来たらすぐにやってくれ。奴らは絶賛後処理中だからな。ていうか、後処理っぽいことを始めたから急ぐ必要がある。せっかく大量のプレイヤーが居るんだから、一人でも多く纏めて消さなきゃ損だもんな!』


「わ、わかりました。じゃあ、そういう感じで」


『ポイントαへの帰還、待っているぞ! 通信終了!』


「はーい、ではまた後で」



 通信越しでもやかましい、主人からの通達は嵐のように過ぎ去った。

 二人は深いため息をつくとイデオの使用を終了し帰投準備に入る。



「レインボーモールで戦ってるの、教授さんたちなんですよね?」


「って話だぞ」


「なんか、やだなぁ」


「しょーがねーっしょ、こればっかりは。不死狩りだって最後には内ゲバで崩壊したんだろうし。ていうか俺たちだってもう脱落してるしな」


「そこは、うん。割り切らなきゃだけどね……」


「まあでも……兎が言うには現場にクックも居るらしいぞ」


「どうしたんですかスプレッドさん。早く戻って急いで爆破しちゃいましょう!」



 突如笑顔一色に変わった真田が声を弾ませ小走りを始めたものだから、スプレッドだって思わず固まる。

 あんなに朗らかな笑顔なのに、裏に沸き立つ感情の沸騰具合は知りたくないほどぐっつぐつだ。



「やっぱり真田ちゃんってこえーわ」



 スプレッドはおずおずと彼女の後を追うように走り出し──映像はそこで終わった。




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