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地下を蠢く者たち



 VIPホールの熱の入りようは異常だった。


 レインボーモール跡地の大爆発と共にわき上がる悲鳴と歓声。

 ハンケチーフで顔を覆い仰け反る紳士と、その隣で笑顔を浮かべ手を叩く淑女。

 モニターに映る彼らの悲喜こもごもの姿に、赤羽は眉根を上げる。



(これは成功なのか、それとも失敗なのか。やっぱり人間を本気でギャンブルさせるなら、なにより商品ってことかねぇ)



 この場に集ったVIPたちは、ただ娯楽の見学に来ているだけのボンボンではない。

 彼らは出資者であり、VR技術提供者であり、海外展開の提携先である。

 デモンストレーションにちょっとした刺激と、人間の欲望をミックスして見せ物にしているにすぎない。


 本当の殺し合いが見たいといった破壊的な衝動持ちの集まりではなく、むしろその逆。

 勝利のため必死に考え抜いてくるプレイヤーたちのイマジネーションに、自分たちの商品がどこまで応えるかという、前向きな発表会に近いのだ。


 ゲームシステムを気に入って賭けにハマりこむ客ももちろん居るが、どちらかといえば少数派だ。

 そも、プロゲーマー同士の(しのぎ)を削る試合というわけでもなく、中には一瞬で決着が付く呆気ない試合内容も過去にはあった。

 不死能力者しか残らなかった回の塩試合具合はなかなか忘れられるものではない。


 運営サイドとしては、人間の脳を何十何百のパターンで解析できるCentonoは研究に必須の実験という位置づけになる。

 本来はゲームとして盛り立てて、気持ちよく「運営費」を賭けて貰うために構築されたゲーム大会、なのだが。



(何でも一つ願いを叶えるってのは……熟れた果実過ぎたか?)



 それまでのゲームだって盛り上がらなかったわけではない。

 むしろ、ここ十回くらいは拮抗した白熱の試合が多く、お歴々の観戦も増えてきたくらいだ。

 だからこそ赤羽は第百回に力を入れて宣伝をし、豪華賞品を並べ、最高の回を作ろうと奮起していた。


 その結果が、クック・ノウン・サトリの三名による八百長疑惑の発露に繋がったのは頭が痛い話だが。


 客は熱が入るとどうしても感情的になる。

 それまで"八百長"を警戒していた観戦者たちは、モールの大爆発に巻き込まれた面々を見てこの大騒ぎである。



「……で、なんなんだよぉぉこの爆発はぁあ?」



 モニターから顔を上げると、他の面々は忙しなくキーボードを叩いている真っ最中。

 青城は鼻息荒くデータ収集に邁進し、萌黄も栄養ドリンクをストローで啜りながら別室の部下に指示を出していた。



「ケッ。こういうとき、話し相手が居ねえってのはつまらねえなぁぁあ」


「僕は居ない扱いかな?」



 ちらと視線を向けると、肘立て組んだ手に顎を乗せた緑野と目が合ってしまう。



「女みてぇなポーズしてんじゃあねえええぇぇよ気色悪りぃ」


「手持ち無沙汰だとね、いろんな姿勢を試したくなるものだよ」


「知るか。んなことより、会話したきゃ俺の疑問に答えなぁ!」


「やれやれ。爆発だったかな?」



 やりとりを予期していたのか、すぐさま記録映像が送られてきた。

 時間は爆発のおよそ十五分前。


 これ見よがしの舌打ちを一発かましてから、赤羽はイヤホンを付けて再生ボタンを押した。



~~~~~~~~~~



「こんな感じでいいんでしょうか……」

「いんじゃね? まあしっかり働いてる方っしょ、俺にしては」



 映像記録は、男女二人組のぼやきから始まった。


 薄暗い下水道内には、ドボドボと断続的な水音が響き続けている。

 観覧中のお歴々、あるいは不死狩りのメンバーならば、この二人のプレイヤーの情報は知っている者が多いだろう。

 プレイヤーNo.73『液体生成』のスプレッドと、プレイヤーNo.80『距離操作』の真田。

 元不死狩りクック班のメンバーであり、現在は邪なる統率者(イービルドミネーター)ミスラの下僕、四番(クラーラ)六番(セーサ)である。



「本当に、死者みたいですよね……痛くもないし、苦しくもないし、臭くもなくて。息だってしなくて平気ですし」


「真田ちゃんは前向きだなぁー。俺としては視覚情報だけでもうダメだわ。なんでこんなクッサイところでクッサイもん作らなきゃなんねーんだーって感じだけど」


「なんでって、それは、やっぱり……ミスラさんのご命令だから……」


「いやーやーやーやー、『どうしてあんな陰キャガールにこき使われなきゃなんねえの!?』って感じだけどねー俺としちゃ。ぶっちゃけカリスマ度合いで言ったら教授のが億倍上っしょ」


「きょ、教授さんと比べるのは反則だと思います……!」



 たわいない雑談を繰り返しながら、スプレッドは構えた手から何かしらの液体を放出し続ける。

 それは真田の距離操作の力によって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()へと注がれている最中だ。

 この歪んだ陽炎の向こうが、レインボーモールの地下に繋がっている。



「しっかし真田ちゃんさぁ、いくら区画整理されてる都市部の下水道とはいえ、曲がり角が無い訳じゃないでしょ? これ、ちゃんと奥まで水まき出来てるの?」


「あ、はい。スプレッドさんが勢いよく出してくれていますので、角から先は水量に任せて流し込んでいます」


「それ俺の負担やばくね?」


「で、でも、それがご命令だから……」


「真田ちゃん、もしかしなくても人の心薄いな?」


「なっ、なんでですかー!」



 どこか気の抜けるやりとりだが、映像記録には生成された液体の分析が表示されていた。

 イソオクタン、ノルマルヘプタンらの化合物……端的に言えば「ガソリン」だ。

 作業開始から小一時間。

 作業員二人は気にしていないが、すでにかなりの量のガソリンが北部下水道に流し込まれている。



「人の心って言うのなら、ミスラさんが一番無いですよ!」


「それなー。今朝までなら反論できたけど、今は擁護できないかなー俺としても」


「ですよ。下水道から爆破って、どんな狂った思考をしていればそんな発想が出てくるのか……」


「真田ちゃん割とズバズバ言うよね」



 和みそうで和めない会話がダラダラと続くかと思われたが、間に挟まる電子音。

 業務用無線機の雄叫びに二人の視線が集まった。



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