セナの能力
「トロい自分を恨みな!」
セナとは大通りを挟んで反対側の路地裏から、身長2メートルに届くかどうかという巨漢の男が勢いよく飛び出してきた。
狙いは当然ながら転がっている女学生だろう。
振りかぶった右拳がバキバキと音を立てながら角張り、変容し、青白く輝く鱗、あるいは岩石のような材質で覆われた。
「ダイアモンドボディ!」
「え、え? えぇえ!?」
別にイデオの発動時に叫ぶ必要は無いような気もするけれど、おかげで手間が省けたから文句を言うつもりはない。
どこまでも間の抜けた声をあげる少女へ向けて、拳が振り下ろされる──瞬間を狙いすませて、セナは大通りへと音もなく飛び出した。
「おらぁあ!」
人体なのか舗装道路なのかはわからないが、ぐしゃりとひしゃげた音がする。
同じタイミングを狙うライバルが居ないことを左右を見て簡易確認、勝利の余韻を味わっているであろうダイアモンド氏の背に触れた。
「ッ、誰だ!」
「発動」
勢いよく振り返ろうとしていた男だが、セナのイデオ起動に合わせて彫像のごとく静止した。
そのまま腕も下ろし、首ももたげる。
セナはもう一度左右、ついでに上方も確認してから深く息をついた。
イデオは無事に発動し、ちゃんと通用したのだろう。
脳のキャパシティをごっそり持って行かれる不快感に眉を潜めつつ、念のための確認は怠らない。
「プレイヤーナンバーとプレイヤーネーム、そして能力名を回答して」
「……No.66……ネームはダイアマイト……イデオ、は、ダイアモンドボディ」
「よしっ」
──そう、セナのイデオは人を操る力。
相手と自分の意識を同調させ『入り込む』ことで、主導権を握った相手の意識を一方的に操作し、思いのままの言動を強制させる服従の力。
セナはこれを『洗脳』と名付けていた。
こちらを知覚している相手へと意識を集中させ、念じるだけで駒の出来上がりという緩めの発動条件。
最初と言うこともあって、念を入れて相手に触れたり発動を言語化したりしたが、それらは必要なく使用できることも実感できて一安心だ。
「ダイアマイト。僕に同行して、僕の指示に従い、僕の為に死ね」
「……ああ、わか、った」
片膝を付いて頭を垂れるその様子は、騎士が主君に見せる忠節の証めいていた。
珍しく気を良くしたセナは、男の向こうで死んでいるであろう釣り餌ちゃんの遺体を片づけるために、回り込んで確認する──
「ぶわー、びっくりしたー!」
「なっ!?」
まさか、生きている! どころか傷の一つも負っていない。
(くそ、こいつも処理するしかない!)
どんな能力か不明で、かつこちらのイデオを見た可能性がある相手。
だからこそ迷っている暇はなかった。
(洗脳!)
「あれ、貴方が助けてくれたの?」
(……効いていない!?)
目をはっきりと見開いてこちらを見上げ、不思議そうな表情をしていた。
明らかに正気のままだ。
とはいえ原因が少女ではなく自分の側にあるのはセナも実感している。
(複数を洗脳するのって、難しいなんてレベルじゃ……)
使用してわかったことは良い面だけではない。
この能力は相手の意識を書き換え定着させる、のではなく、常にセナの脳から相手へ命令を送り続ける能力に近い。
脳味噌一つで体二つを操作するようなものだ。
これはセナの注文通りといえばそうなのだが、なんでもアリの異能力なのだから複数洗脳も出来るものだと考え甘めの見積もりをしていたのは否めない。
「えっと……大丈夫?」
どう考えても大丈夫じゃない方からそんな気の抜けた声をかけられ、ようやく我に返った。
現状敵意がなさそうに見えるものの、それが相手の作戦のうちだという可能性を否定しきれない。
「て、撤退!」
焦り混じりのかけ声一つを残して、セナは裏路地へと駆け込むことに決めた。
ダイアマイトも追従し……大通りには再び少女だけが残された。
「うえっ? あれ? お礼言いたかっただけなんだけどな……というか、あの怖い人に追いかけられて行っちゃった……?」
どこまでも気の抜けた少女は、自分の代わりにペシャンコになった郵便ポストを掴んで立ち上がると、とりあえず少しだけ思考し、
「何が起こったか良くわからないけど、追いかけるべき? でも、今からじゃ追いつけなさそうだし……お礼は次に会ったとき、かな。無事だといいけど」
という、サバイバルとは思えない結論に至り、大通りの北上を再開したのだった。
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