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キングゼロ ~13人の王~  作者: 朝月 桜良
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兵士シルファ

 残された二人の間に沈黙が座り込んでいる。

 相変わらず耳に届くのは風や水の音、それに動物の鳴き声。加えて、門の向こうにあるであろう町の賑わいだけだった。町から漏れ聞こえる声は明るく楽しそうで、見えこそしないが良い町だということは窺える。


 最初はシンリも黙ってそれらを聞いていたが、さすがに沈黙が耐え切れなくなり、小柄な兵士に話し掛けた。

「ルナリス様ってどんな人?」

「素晴らしい御方です」

 即答だった。今まで一言も発してこなかった小柄な兵士は、何気ない問いにさも当たり前のことを言うように返す。本当に尊敬していなくてはできない反応の速さだった。ルナリスという人物の人柄が見える。

 だが、そんなことよりも驚くことがあった。

「今の声──えっ? キミ、女の子?」

 兵士の声は高く──間違いなく若い女性のものだったのだ。

「男性に見えましたか?」

 小柄な兵士は、目深に被った帽子の奥から鋭い目付きでシンリを見据えた。

「そんな格好だし、帽子で顔が見えないからね。それに俺の女の子センサーもここに来る前に壊れたみたいだ。なははっ」

「おかしなやつだ」

 シンリが笑うと、彼女もバカバカしそうに小さく笑う。


「そうかな? 普通だと思うけど。俺はシンリ」

「オレの名はシルファだ」

 シルファと名乗る兵士は、目深に被っていた帽子を少しだけ上げ、半分隠れていた綺麗な青色の瞳を露わにした。

 どちらからともなく握手を交わす。

「……オレ?」

「何かおかしいか?」

「いや、おかしくはないよ。ただちょっと気になったから」

「それはオレが女だからか?」

「まぁ、そうなるかな」

 頷くと、シルファは不機嫌そうに鼻を鳴らし、顔を背けてしまう。

「自分のことだし、好きに言ったらいいと思うよ。気にしてるのに変えないってことは、何か理由があるんだろうし。だったら俺にとやかく言う資格なんてないからさ。元々、一人称の呼び方で否定する気なんてないし。まぁ、もしも納得できない理由だったら、意地でも言うけどね。なははっ」

 そう言うと、シルファは小さな溜め息をついた。


 突然、シンリに向かって頭を下げる。

「無礼な態度を取った。すまない」

 顔を上げるなり、すぐに目を伏せてしまった。

「初対面の相手に変に思われるのはわかっている。それ自体は特に何も思ってはいない。ただ、そう思われてしまう自分が許せないんだ」

「自分が許せないって、どういうこと?」

 シルファは、重い表情で腰に下げた剣の柄頭を撫でる。

 自身の格好を見下ろす眼差しは複雑な感情に揺れ、どこか悲しげだった。

「オレは女だ。どれだけ足掻こうが、その事実は覆らない。だけど女が兵士だと、どうしても見下される。どれだけ力があろうと、どれだけ頑張ろうと。どうせ女だと。それでもオレは兵士でいなくてはならない。その理由がオレにはある。だからこそ、兵士でいられるように、せめて心だけは男であろうとしているんだ」

 そう告げたシルファからは、ハッキリとした苦々しい諦念と──その真逆である、諦められないという強い意志が浮かんでいる。

「はぁ……なるほどね」

 シンリは、シルファをじっくりと見つめた。

「な、何だ……?」

 居心地の悪さを感じたのか、不快そうに顔を歪める。


 満足したシンリは「うんっ」と力強く頷く。

「兵士も男らしくも良いけどさ、たまには女の子の自分も大切にしなよ」

 思ったことをそのまま告げる。

「何……?」

 シルファは、急に目をつり上げた。

 スカイブルーの瞳がこれでもかというほどシンリを睨め付ける。

「お前には関係ないだろ!」

 怒声が空気を震わせ、凍てつかせた。

 溢れんばかりの敵意に反応してか、一瞬にして辺りが静まり返る。

「くそっ、何だってこんなやつに話してしまったんだ」

 シルファは自分の頭を拳でガンガンと叩いた。

 あからさまに不機嫌だが、シンリは怯まず反論する。

「嫌だね。言っただろ、納得できない理由だったら意地でも言うって」

 睨むスカイブルーの瞳を見つめ返す。わずかに奥で揺れているのが見えた。


 シルファの気迫に負けず、言葉を続ける。

「兵士でいるのも、そのために男らしくすることも納得するよ。だけど、どうしても納得できないことが一つある。男らしく振舞ったって、シルファはシルファで、シルファは女の子だ。シルファが言った通り、それは変わらない。だからシルファは、女であることを否定しちゃダメだ。それは自分自身を否定することになる」

 シンリは考えを一切曲げず、そのまま言い放った。

 自分は間違っていないという意志が籠もった漆黒の瞳と、困惑に揺れるスカイブルーの瞳、その二つの視線がぶつかり合う。

 シルファは顔をしかめ、唇の端を噛んだ。

「女だからって恥じることはないんだよ。だって、男が良いとか女が良いとか、そんなのないだろ。どっちにだって良いところはあるんだからさ。女だから兵士になれないわけじゃないし、今こうして兵士になれてるんだから、せっかくなんだし、どっちも楽しまないと損だよ。兵士のときが男なら、普段は女の子でいいじゃん。その方がきっと楽しいと思う。一度で二度美味しい、みたいな」

 なははっ、と笑う。

 シルファは呆気に取られて固まった様子だった。

 まるで時間が止まっているかのように動かない。


「……まったく。本当におかしなやつだ」

 シルファがぽつりと呟く。

 静けさに覆われていた周囲から、再び風と水の音、虫と鳥の鳴き声が聞こえ出す。

 穏やかだった空気が戻ってきたのを感じたシンリは、

「それで女の子のときは俺と付き合ってキャッキャウフフして下さい!」

 ビシッと姿勢を正し、右手を前に突き出す。

「なっ──なぁぁっ!?」

 いきなりのことに驚いたのか、シルファは上擦った大きな声を発し、身体を小刻みに震わせた。窺えるのは怒り以前に、傍から見ても明確なほどの照れと動揺。表情は溢れんばかりの凛々しさから一転している。


 決して悪い雰囲気ではなかった。

 だからだろう、シンリは思わず口を滑らせてしまった。

「俺、貧乳も好きだから」

 ピキッと、何かにヒビが入ったような音がした。

 一瞬にして空気がまたも凍りつく。

 先ほどとは寒さの次元が違う。

「貧、乳……?」

 地獄の底から聞こえてくるような禍々しい声。青筋が浮き上がり、凛々しさに拍車を掛けていた綺麗に整った眉の端がつり上がっている。まるで巨大怪獣が炎でも吐くように、深く、深く、さらに深く息を吐いた。

 シンリは思わずたじろいだ。

「あの……シルファ、さん?」

 刃物などより鋭い眼光がシンリを捉えた。触れずに象をも殺せそうなほどの殺気を向けている。

 あまりの迫力に自然と全身が震え続けた。汗が額から背中からと止めどなく溢れ出ている。このままでは命に関わると察したシンリは、

「じょ、冗談ですっ」

「……冗談?」

「そう、冗談! 場を和ませようという俺の粋なジョーク! つまり嘘です!」

 まるで鬼神のような……言葉では言い表せないほどの表情を浮かべたまま首を傾げるシルファに、ここぞとばかりに命乞いが如く言葉を紡ぐ。

 嘘という言葉のおかげか、空気がわずかに緩んだ。


 だが、次の瞬間、

「そんなはずあるかぁぁぁぁっ!」

 耳をつんざく轟音──シルファの声が辺りに響き渡った。

 ほぼ同時に、シンリの腹部に鈍い音が轟く。

 一切痛みを感じないのに、確かな衝撃が一瞬で駆け抜けるようだった。

「ガハッ──」

 まるで突風に飛ばされる紙切れのように軽々と吹き飛んだ。その突風の正体は、見えないほど速く振り抜かれたシルファの鉄拳である。音速をも超えていそうな一撃はシンリの鳩尾を捉え、数メートル先まで吹き飛ばしたのだ。

 シンリは進行方向先にあった木に背中を叩きつけられた。

 衝突した木が大きくしなる。衝撃の凄まじさを物語っていた。

「ゲボフッ──」

 肺の中に入っていた空気が一気に出る。

 しかも、しなった木の反動でシンリの身体は跳ね返り、先ほどまで立っていた場所までまた吹き飛び、地面を転がる。さながらピンポン玉のようだった。


 遅れて、形容しがたき激痛が全身を襲う。

 だが不思議と、そんな痛みが悪くないと思える自分がいた。

「愛ゆえの、鉄拳か……。想いが……重い……」

「愛などあるかっ!」

 どうにか紡いだ言葉を、シルファは力いっぱい否定する。


 ぜぇぜぇと、息を切らしているシルファの顔を、俯せで倒れたまま下から覗き込む。

「女の子らしい可愛い顔も……できるじゃん……なはは……」

 命を削ってでも精一杯の笑顔を浮かべる。

 シルファの顔がまた赤くなった。

「う、うるさいっ! このすけこましがっ!」

 シルファは、赤く染めた顔を帽子で隠しながら左足を上げる。下にあるのは地面に転がるシンリの頭。靴底が見えた瞬間、背筋が凍る。

「ちょっ、それはタンマ! 死ぬから! それはさすがに死ぬからっ!」

 大慌てで懸命に制止の声を投げ掛けた。だが、残念なことにシルファの耳には届かず、足は一気に振り下ろされ始める。

(やばい、死んだ……)

 死を覚悟したシンリは、目を固く閉じた。

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