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キングゼロ ~13人の王~  作者: 朝月 桜良
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ファルカリア城

 行けども行けども人の姿はなく、誰かの声が聞こえることもない。


 闇雲に歩き続けていたが、やがてあることを思い付いた。高台から見渡せば何かしら見えるのではないかと。そう考えるなり、すぐさま坂という坂を上り、少しでも高いところを目指して突き進んだ。

 ちょっとした崖から一望する。

 きっと消えた街並みが見えてくると信じていたシンリは、

「へ?」

 思わず素っ頓狂な声が漏れ出た。

 予想だにしない光景に目を疑う。


 見晴らしは良い場所だったが、見えたのはやはりほとんど緑一色。延々と続く草木が生い茂る野原ばかりだった。見覚えのある光景はどこにもない。

 そんな中、奇妙なものを見つけた。

 視界に飛び込んできたのは、現実とはかけ離れたものだった。有り得ない、少なくとも日本では。

 眼前に現れたものとは、

「お、お城……?」

 御伽噺にでも出てきそうな西洋風の城だった。

 城の前には、大勢の人が住んでいそうな建物が軒を連ねる町並みがあった。城下町は城壁で囲われ、正面には高くそびえ立つ門がある。それらをひっくるめた、日本には存在しない『城』という光景がそこにはあった。

「……ここ、日本、だよな?」

 後ろ頭を撫でながら信じられない光景に呆然としていたが、気持ちを切り替える。

 とにかく目指すべき場所ができたのだと。

「よっし、とりあえず行ってみるか!」

 軽やかな足取りで城へと向かう。



 坂を下り、進むこと十分。

 高さ十数メートルはあろう、大きな重厚感ある鉄製の門まで辿り着いた。

 門前には待ち望んだ、人の姿がある。

 緑色を基調とした服と帽子を身に付けた二人組だった。腰には剣まで下げている。まるで兵士のような出で立ち。城門を守る門番といったところだろう。

 兵士の片方は髭面の厳つい男だった。

 逆にもう一人は小柄である。帽子を目深に被っているため、どんな顔をしているかまではわからない。


 シンリが近寄ると、兵士二人は口を真一文字にきつく結んで立ち塞がった。

「何だお前は」

 髭面の兵士が、シンリを頭の先から足先まで訝しげに睨む。

「えっと……俺、道に迷ったみたいで、道教えてもらいたいんですけど」

 そう答えると、髭面の兵士はやや安堵した様子だった。手は腰に伸びたままだが、警戒心が和らいでいるのが表情から見て取れる。

「何だそんなことか。よし、どこへ行きたいか教えろ」

「ありがとうございます。それで、俺ん家ってどこだと思います?」

「……は?」

「いやー、気付いたら草原みたいなところで寝てて、ここがどこかもわからなくて。俺ん家がどこかわからないですかね?」

「……はぁ?」

「電車を使わないで帰れたらいいなぁ。できれば徒歩三十分圏内でお願いします」

「……何ぃ?」

 髭面の兵士は間抜けな声を上げ、首を傾げたまま固まってしまう。

 またもシンリのことを訝しげに見つめた。

「ここって日本ですよね?」

「二ホン? ここはルナリス様が統治する国、ファルカリアだ」

「ファル、カリ……?」

 一瞬、思考が止まった。

 緩やかに動き出した頭では、聞き覚えのない国名だな、くらいにしか考えられない。


 髭面の兵士は、またもシンリの頭の先から足先までを何度も何度も見やった。

 小柄な兵士もシンリを注視している。帽子の鍔からわずかに目元が覗ける程度だが、眼力はこちらの方が上に感じられた。

 二つの訝しげな視線がシンリを射抜く。


 小柄な兵士は顔が見えないのでよくわからないが、髭面の兵士は表情から嘘を言っているようには見えなかった。

 シンリは、こめかみを人差し指でトントンと小突きながら、黙って考え込んだ。


 数秒後、自分なりの結論に辿り着く。

「そっか俺、外国まで来てたのか」

 ファルカリアという国は知らないが、いつの間にか外国に来ていたということなのだろうと納得する。

 ともすれば、知らない風景が広がっているのも、眼前に城(門)がそびえているのも頷けた。

「──って、外国語なんて喋れないんだけど! あれ? 言葉通じてる? 何で? 知らないうちに喋れるようになったとか? いやいや、今喋ってるのは日本語だし。じゃあ、この国では日本語が主流だったり? まぁ通じるなら何でもいいや」

 急がない疑問はひとまず置いておく。代わりに今すぐ知りたいことを尋ねた。

「それじゃあ、日本がどっちかわからないです?」

 しかし、やはり返答は同じだった。

「だから二ホンとは何だ?」

「日本は日本だよ。国の名前」

「国名? 馬鹿なことを。そんな国は存在しない」

「存在しないって……」

 返ってきた信じられない言葉に、シンリはまたしても唖然とする。

 さすがに言葉を失った。

 背筋に気持ちの悪い冷たさが伝う。


「……お前、大丈夫か?」

 髭面の兵士は怪訝な表情のまま、それでも心配そうに声を掛けた。

「ファルカリアの者でないのは確かだが……お前、何者だ?」

 幾度となく身体を往復した視線が、やがてある一点で止まる。その瞬間、髭面の兵士は表情が凍りつき、見開いた目でシンリを睨め付けた。

「お、お前! それは何だ!」

 シンリを──シンリの右手を指差す。

 わずかに震えた指先と、鋭く研がれた視線の先にあったものは、目覚めた場所で拾った刀だった。

 兵士たちは強く剣の柄を握り、身構える。

 緊張感を孕んだ声で我に返ったシンリは、兵士二人の放つ視線で、すっかり忘れてしまっていた刀のことを思い出した。

「あぁ、拾った」

「……拾っただと?」

「向こうに落ちてた。落とし物かと思って」

「向こう?」

「あっち。大きな木が一本だけ生えてるところなんだけど」

 記憶を頼りに目覚めた場所の方向を指差す。

「あの方角は──そうか、なるほど」

 髭面の兵士はどこなのか思い至ったらしい。そして刀が落ちていた理由にも心当たりがあるようだ。小柄な兵士も納得した様子。二人は顔を見合わせて頷く。


 警戒心はひとまず沈静化されたようだった。

 だが、シンリが抱える問題は一切解決していない。

「それにしても参ったな……まさか帰れないなんて。これからどうすれば……」

 見知らぬ土地に一人。帰り道どころか、現在地もわからない。本を買ったので手持ちの金も心許ない。そもそも外国で使えるのかも甚だ疑問である。

 唸りながら悩んでいると、不意に髭面の兵士がある提案をする。

「……行く当てがないのなら、ここで一泊していくか?」

 門の向こう側を指差した。

「いいの?」

 髭面の兵士はちらりと、今まで一言も発していない、小柄な兵士を見やる。まるで伺いを立てるかのように。

 小柄な兵士は、帽子を目深に被っているためシンリからは見えない目で、シンリを真っ直ぐに見つめた。

 シンリは思わず姿勢を正した。


 小柄な兵士はゆっくりと頷いた。

 髭面の兵士はそれを確認し、言葉を続ける。

「先にルナリス様にお前のことを報告し、許可をもらわねばならん。だが、ルナリス様はとても優しい御方だ、きっと大丈夫だろう」

 髭面の兵士は目を細めて微笑んだ。

「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ」

「では、少し待っていろ」

 そう言い残し、重厚感際立つ大きな鉄門の脇にある、普段の出入りに使用していると思われる木戸から中に入っていった。

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