(第6話)突きつけられた矛盾
「今日の授業の片づけは、ノアとメイベルにお願いしよう」
アルーシャ先生の言葉に、私は一瞬怯んでしまった。
この学園は、貴族だけが通っている学園だけれども、アルーシャ先生はとても平等な先生で、ハリー殿下のこともアイラ様の事も特別扱いはせず、授業の後の片付けも生徒達にさせていた。
ノア様とは、直接お話をしたことは一度もなかった。
あのパーティーの時のことがあって私が勝手に気まずく思っていることもあるけれど、魔法学の授業の時にはアイラ様が気を遣って、さりげなく私とノア様が関わることが無い様にしてくださっているようだった。
けれどアルーシャ先生に名指しで指名されたらさすがに避けられない。アイラ様は心配そうに私を見てくださったけれど、私は笑顔で返した。
「その薬品は取り扱いが難しいので、僕が片づけます」
魔法で虹を作るための素材となる薬品を触ろうとした私に、ノア様は優しく言った。
「あっ、ありがとうございます」
あれっ? もしかして親切な方なんじゃ……。
それに、ノア様は魔法学の授業ではなんとアイラ様を押さえて一番の成績をとっていた。今日の片付けには取り扱いの難しい薬品も含まれていたからノア様が指名されたのね。
「荷物も僕が運ぶので大丈夫ですよ」
「そんな……。私も手伝います」
「ありがとうございます」
御礼を言ったノア様の表情はとても柔らかかった。
あのパーティーから、もうすぐ一年が経つけれど、それでも未だにノア様は皆に遠巻きにされている。
「……ノア様は、誤解を解こうとはされないのですか?」
思わず呟いてしまった後で、余計なことを言ったことをすぐに後悔したけれど、口から出た言葉を撤回することなんてできなかった。
「……誤解、ですか?」
ノア様は戸惑ったように私を見た。
「いえ……。あの……。余計なことをすみません。……ただ、パーティーでのことは何か誤解があったのではないかと……」
「…………」
「なにか……嘘の証言をしなければいけない理由があったのでは、と……」
ノア様の沈黙が気まずくて、私の口からまた余計な言葉が溢れた。
『嘘の証言』と言った瞬間、ノア様の瞳がとても深くなった気がした。
「……メイベル様は、あのパーティーで言いましたよね? 『自分自身の目で見ていない事を証言することはできない』と」
「……はい。そのようなことを言いました」
「だとしたら矛盾していませんか?」
「……矛盾?」
「ご自分の目で見ていないことを証言できないのは当然のことです。けれど、貴女が見ていないからと言ってその出来事が本当になかったとは限らないのですよ」
「……えっ?」
「メイベル様は、僕が『アイラ様がオリヴィア様を虐げているところを見た』という証言を嘘だと決めつけました。どうして貴女が見ていないから真実で、僕が見たものは真実ではないと否定するのですか?」
ノア様はまっすぐに私を見つめていた。
……情けないことに、私はその視線を受け止められずに目を伏せてしまった。……ノア様の言っていることがあまりに正論だったから……。
「……けれど、アイラ様がそのようなことをする方ではないことは、私が自分自身の目で見て知っています」
必死で絞り出した私の反論は、ノア様の穏やかな声に消された。
「では、メイベル様は、オリヴィア様とはお話をされたことはありますか?」
「……えっ?」
「オリヴィア様は、嘘をつくような方ではありませんよ」
ノア様の言う通り私は矛盾していた。
自分自身で見たものしか信じないと言いながら、オリヴィア様のことを噂通りの方だと信じ込んでいた。実際にオリヴィア様自身とお話をしたことなんてたったの一度もないくせに。
「……私は……」
「何が真実かを判断するのはメイベル様自身です。僕からお話しすることはもう何もありません」
ノア様は最後まで穏やかに言葉を紡いだ後で、そこからはもう何も話さなかった。ただ、黙々と薬品を片づけて、荷物を運ぶために教室から出て行った。