(第5話)侯爵家への招待
本章の執筆が完了しましたので、本日から更新を6時と20時の1日2回に変更しております。
皆さまに楽しんでいただいたら嬉しいです。
引き続きどうぞよろしくお願いします。
「メイベル様。もし良ければ侯爵家に遊びにいらっしゃらない?」
アイラ様とは、魔法学の授業を通して親しくなったけれど、まさか侯爵家に招待されるだなんて思っていなかった私は、そのお誘いを受けた時に本当に驚いた。
「どっ、どうして私なんかを……」
「……最近、嫌な噂があるでしょう? 少しでもメイベル様の気分転換になればと思って……」
ヒューゴ様とオリヴィア様との噂のことで私が傷ついていると思って心配してくださっているのだわ。……なんて優しいのかしら。
「……迷惑かしら?」
悲しそうに呟くアイラ様を見て、私が招待を受けたのは言わずもがなだ。
……ただ、その日からずっと侯爵家で何か粗相をしたらエバンズ子爵家はお取り潰し……という妄想に取りつかれて、緊張が止まらなかった。
「口に合うかしら?」
当日、侯爵家で出された紅茶を震えながら一口飲んだ私に、アイラ様は優しく問いかけてくださった。
「と、とても美味しいです」
思わず声が震えてしまった私をアイラ様は心配そうに見つめた。
「どこか体調が悪いの?」
「いえ……。何か失礼があってはいけないと……」
「まぁ! そんなこと心配しなくて良いのに。今日は、私のお友達として招待しただけなのだから、緊張しないで?」
えっ? 天使? 天使の姉はやっぱり天使なの? アイラ様の優しさに思わず訳のわからないことを考えてしまった。
「メイベル様。心無い噂になど少しも傷つく必要はないわ」
「……アイラ様……」
「……ただ……オリヴィア様のことは……私も思うところはあるの……」
アイラ様は悲しそうに目を伏せた後で、まっすぐに私を見た。
「……もし、貴女が戦うつもりなら、私はいくらだって協力するわ」
その目に吸い込まれそうになって、思わず頷いてしまいそうになったけれど、慌てて首を振った。
「アイラ様、ありがとうございます。ただ、実は、ヒューゴ様との婚約の解消は、ずっと私の願いなのです」
「……メイベル様の願い……?」
「はい。なので、オリヴィア様と戦う必要も、アイラ様のお手を煩わせる必要もないのです。今は、円満な婚約の解消に向けて、ヒューゴ様のご実家である伯爵家と話し合いが出来る様、調整しているところなんです」
「………………そう……」
私の話を聞いたアイラ様の反応は、とても薄いものだった。
……そして、その顔は無表情だった……。
「メイベル様の願いが叶うのなら、それが一番だわ」
だけど、次の瞬間、アイラ様はとても安心したように笑った。
……きっとさっきの顔は、私の見間違い……だったのよね……?
「姉上」
ヒューゴ様の話題が終わって、アイラ様と最近の流行などのお話をしている時に、ディラン様がやっていらした。
ディラン様とは、初めて裏庭でお会いした時から、たまに裏庭でお話をするようになっていた。
「ディラン。どうしたの? 今はお客様がいらしているから……」
突然やってきたディラン様に、アイラ様は少し困惑されていた。
「メイベル様がいらっしゃっていると聞いて、ご挨拶に来たのです」
「あらっ? ディランとメイベル様は知り合いなの?」
「ええ。天使と間違われた仲です」
ディラン様の突然の暴露に私はフリーズしてしまったし、アイラ様は目を丸くして驚いていた。
「……てっ、天使?」
「あっ、あのっ、アイラ様。違うんです! 本当に勘違いで! そのっ、私は別に、妄想癖とかもなくて! 本当にっ、あのっ……」
フリーズから立ち直った私が、必死でアイラ様に言い訳をしているのをディラン様は笑って見ていた。
「ディラン様!」
思わず私がディラン様の名前を呼んだら、ディラン様はいつもの無邪気な顔で、けろりと言った。
「ごめん。ごめん。メイベル様があまりに必死で面白くって」
「もう!」
「でも、嘘はついていないでしょ?」
「ですが、あの勘違いにはディラン様にだって責任が……」
「ごめん。もう意地悪しないから」
ディラン様はさっきまでのいたずらな顔から、優しい顔になった。
「貴方達……とても仲が良いのね……」
アイラ様が驚いたように呟いた。
しまった。アイラ様の前でいつものようにディラン様とお話ししてしまったわ。
「たっ、大変申し訳ございません」
土下座。土下座しなくちゃ。エバンズ子爵家がお取り潰しに……。
「メイベル様。土下座は必要ないよ」
だけど私の土下座は、私が膝をつこうとするよりも前にディラン様に笑って止められた。
「どっ、土下座? メイベル様、土下座をしようとしているの?」
「不敬な振る舞いをしてしまいましたので」
半分膝を折った状態で言う私を見て、アイラ様はまたとても驚いて、困ったようにディラン様に問いかけた。
「ディラン。私の知っているメイベル様はもっと落ち着いている方だと思っていたのだけど……」
「僕の知っているメイベル様はいつも楽しい方ですよ」
ディラン様はしれっと言った。
「……とても残念ね……」
アイラ様のその言葉に、私は顔面蒼白になった。
「アイラ様の思うような人間でなくて申し訳ございません」
「えっ? いえ、違うのよ。そういうことではなくて、私が残念だと思ったのは、ディランとメイベル様ならきっと良い婚約者になれそうだなと……そう思っただけなの」
アイラ様のその言葉に、ディラン様と私は揃って首を振った。
「私のような者はディラン様にはもったいないです!」
「姉上。メイベル様には婚約者がいるのですよ」
「メイベル様の婚約者の件はどうとでもなるのだけれど……。エバンズ子爵家も婿養子を探しているでしょう? ディランは侯爵家の跡取りだし……。残念だわ」
えっ? 私が長年ずっと悩んでいたヒューゴ様との婚約って、どうとでもなるようなものだったの? と思わず心の中でつっこんだ後で、改めてアイラ様の言葉が胸に落ちてきた。
……そうか……。そうよね……。当たり前のことだし、そんなこと望むことすら烏滸がましいけれど……。
ディラン様と私が結ばれることなんて、どうあってもありえないのだわ……。
なぜか感じる胸の痛みに気付かないふりをして、私はそっとディラン様の顔を盗み見た。
……ディラン様の顔もほんの少し曇っているように見えたのは、きっと私の妄想だ……。