(第1話)傲慢な婚約者
「メイベルは本当に可愛げがないな」
ヒューゴ様の私に対する態度は婚約した当時からずっと酷いものだったけれど、半年前のダンスホールでのパーティーで私がハリー殿下に対して意見をしてから更に酷いものとなっていた。
「お前みたいな女と一生を過ごすと思うとぞっとするよ」
『だったら、お願いだから、爵位が上の貴方から婚約を解消してください』という言葉を必死で飲み込んで、代わりの言葉を吐いた。
「でしたらせめて学園にいる間は、お互いに関わらなければ良いのでは?」
『月に一度、学園のカフェに呼び出して愚痴やら文句やらをひたすら聞かせるのを止めてほしい』と言外に伝えてみたけれど、ヒューゴ様は鼻で笑った。
「はっ。お前みたいな女はちゃんと躾けてやらないとすぐ調子に乗るからな。帝国の皇太子殿下の婚約者が病で倒れた瞬間、チャンスとばかりに後釜に名乗りをあげた卑しい女どもと同じタイプの女だよ。お前は」
ヒューゴ様が傲慢で意地悪で口が悪いことはいつものことだけれど、いきなり何の関係もない他国の女性達を例に出されて同類だと罵られたことにはさすがに驚いた。
「どうして突然帝国の皇太子殿下の話を?」
思わず口にした疑問は、ヒューゴ様のため息に消された。
「オリヴィア嬢のように可憐な婚約者だったらどんなに良かったか」
子爵家の一人娘である私と、伯爵家の次男であるヒューゴ様との婚約は、完全なる政略、家同士の契約だ。
事実だけをいうならば、土地に恵まれて裕福な我が子爵家に婿入りさせることを目的にヒューゴ様のご実家の伯爵家から無理矢理に結ばされた婚約なので、どちらかと言えば私の方が完全な被害者なのに、ヒューゴ様は三年前の顔合わせの時からずっと不服そうだった。
両親達が席を外した瞬間、横柄な態度で言い放たれた言葉を私は一生忘れないと思う。
「いいか。子爵家の分際で、伯爵である俺の婚約者になれたことに常に感謝しろ。お前はこれからいつも俺の機嫌だけをとっていればいいんだ」
今までこんなに性格の悪い人間に出会ったことがなかったので、驚きすぎてまじまじとその傲慢な顔を見つめてしまった。貴方は伯爵子息なだけで伯爵ではなく、しかも婿養子に出されるのでしょう、とはさすがにつっこめなかった。
「そんなに俺と婚約できたことが嬉しいのか」
私の視線を、自分に対する好意だと勘違いしたヒューゴ様は、そこから頭を100回程打ったのか?というくらいに記憶を改竄して、『この婚約は自分のことが大好きなメイベルが両親に頼み込んで結ばれたものだ』と今では本気でそう思い込んでいるようだった。
「私はヒューゴ様のことをお慕いしておりません」
彼の態度があまりに横柄なので思わず事実を伝えたこともあるけれど、
「はぁ。お前は自分の気持ちすら素直に伝えられないなんて本当に可愛げがない女だな」
と斜め上の返しをされて、もう何を言っても無駄だと悟った。
「なんでお前の方が試験の順位が上なんだ。婚約者なら俺に気を遣うべきだろう」
そんなとんでも理論を投げつけられたこともある。
「私にわざと悪い点数をとれということですか?」
真顔で聞いてみたら、真顔で返された。
「当たり前だ。お前が俺より点数が良いなんて許されるわけがないだろう」
「子爵家の名誉にも関わりますので、両親に相談します」
「はぁ!? そんな必要ないだろう!?」
「ヒューゴ様より下の順位ですと、進級すら危ういですよね? そんな点数をとることは私の一存では出来ません」
あくまで真顔で言ってみたら、さすがにそんな命令をしたことが両親にバレたらまずいと思ったらしく、捨てセリフを吐いて去っていった。
「もういい。まったく本当に可愛くない女だ」
そんな過去を思い出しながら、相変わらず不機嫌な顔をして文句ばかりを言っている婚約者に気づかれないように、私はそっとため息を吐いた。
「メイベル。ヒューゴ殿は相変わらずかい?」
ディナーの席でお父様が心配そうに聞いてきた。
「相変わらずです。今日はなぜか帝国の女性達と同類だと罵られました」
「帝国の女性達??」
「皇太子殿下の婚約者が倒れた時に、次の婚約者候補に名乗りをあげた女性達と私は同じ性質だそうです」
私の言葉に怒りを露わにしたのはお母様だった。
「……皇太子殿下の婚約者は流行り病で倒れただけなのに、虎視眈々とその地位を狙っていた高位貴族女性達が次々と長年の婚約を破棄しだして帝国が混乱しているという話が一年前くらいから流れているけれど、その女性達とメイベルの性質が同じだとヒューゴ様はおっしゃっているの?」
帝国の女性達のまるで皇太子殿下の婚約者様に早く死んでほしいと言わんばかりの行動には、長年の婚約を一方的に解消するというやり方も含めて批判が高まっていた。そんな女性達と自分の娘を一緒にされたらお母様も怒るわよ。
「まぁ……。ですが、最近になって帝国で流行り病の特効薬が開発されたという情報が流れてきましたから、帝国での騒動は収まりそうですね」
余計なことを言ってしまったと後悔しながら、私はフォローにもならないことを言った。
お母様は私を悲しそうに見つめた後で、お父様に詰め寄った。
「なんとか婚約を破棄できないの? ヒューゴ様はメイベルの婚約者にも、エバンズ子爵家の後継者にも相応しくないわ」
「それは……俺もまったく同じ意見だが……。傲慢だという理由だけではこちらから婚約の解消は出来ないよ……」
「……いっそ浮気でもしてくださればいいのに」
お母様の不穏な発言に私は思わず頷いてしまった。
こちらから婚約解消の申し出が出来るように、いっそ浮気でもしてくださればいいのに。
そんな私達を見て、お父様は申し訳なさそうに俯いていた。