(最終話)ありえないほどの幸福
「ディラン様」
翌日、私はいつものベンチに向かった。
そこには、やっぱり、あの抱きしめられた日から本当はずっとずっと会いたかった人が、変わらずにいてくれた。
「メイベル様」
「……侯爵家はアイラ様が継ぐって……」
「本当なら姉上は王族としてハリー殿下と一緒に王太子夫婦を支えていく予定だったんだけど……」
あの婚約破棄の騒動で、ハリー殿下は王太子を支えるに相応しくないと自ら示してしまった。
しかも、それを仕掛けたのが婚約者のアイラ様だった。
ハリー殿下は、事実確認もせずにアイラ様の流した噂に騙されて、簡単にトラップにひっかかるような人間であることが周知されてしまった。
だから……ハリー殿下がウィンチェスター侯爵家に婿養子として入ることで、王家はハリー殿下を切り捨てた。
……だけど……。
「ディラン様は、侯爵家を継ぐために、ずっと努力していたのに……」
「……姉上はきっとこれからとても辛いと思うんだ。……あのパーティーの日から『他人の視線が怖い』と言ってまともに部屋から出られないのに、あのパーティーに出ていた貴族達と侯爵としてこれから関わっていかなければいけないのだから……」
「……だけど、それは……」
「……本当は僕は、今まで当主教育で学んだことをすべて捧げてハリー様と姉上を支えていかなければいけないんだと思う……。……それでも、父上は僕に選択肢をくれたんだ」
「……選択肢?」
「姉上の補佐としてウィンチェスター侯爵家に残るか、それとも……」
「ディラン様は……その選択を後悔はしないんですか?」
「僕は、メイベル様と生きていきたいと、そう、思ったんだ」
いつものいたずらそうな無邪気な顔ではなくて、大人の男性の顔をしたディラン様の顔を私は必死で見つめた。
自分には手に入るはずもないと思っていた、想像もしていなかったほどのありえないほどの幸福が私の目の前に。
そう、ディラン様は、私の目の前にいた。
「ディラン様の……貴方のその選択は何も間違いではなかったと私が証明してあげる……だなんて、今はまだ私には自信をもって言えません」
ディラン様は、私をまっすぐに見つめていた。
「それでも僕は、メイベル様と……」
「それでももしも、それでも貴方が私を選んでくださるのなら……」
私もまっすぐにディラン様を見つめた。
「……貴方がその選択を間違いではなかったと思えるように、精一杯努力をします。貴方の隣にいて恥ずかしくない自分でいられる努力を……」
「もしも、メイベル様が僕の手をとってくれるなら……」
私達は、お互いをまっすぐに見つめ合った。
「メイベル様の、貴女のその選択は何も間違っていなかったと僕が証明してあげる、だなんて僕には今はまだ自信を持って言えないけど、それでもどうしたらメイベル様がいつも笑っていられるかをこれからも一生懸命考えるよ」
そしてお互いに手を伸ばして、私はずっと忘れられなかったディラン様の、その温もりを感じていた。