(第11話) 現在の断罪(アイラ目線)
何が起こっているのか理解したくなかった。
ただ、ノアの魔法で映し出された過去の自分がとんでもなく醜い顔をして笑っている姿を見つめることしか出来なかった。
ハリー様の婚約者に選ばれたことは嬉しかったけれど、彼が第二王子であるということだけは不満だった。
『第一王子はアイラより十歳も年上ですでに婚約者がいるのだから仕方ない』というお父様の言葉はもっともだったので、私がその不満を表面に出したことはただの一度だってなかったけれど。
『帝国の皇太子殿下の婚約者が病で倒れた』というニュースは、私の心を躍らせた。
この王国よりもずっと大きい帝国の皇太子妃になれたなら……。
そのためにはハリー様が邪魔だった。
だけどまさか私から婚約の解消などと言い出せるはずがない。
なんとかハリー様の有責で、私に傷がつかない形で、婚約を破棄出来ないかしら?
ハリー様の性格を考えたら、彼を陥れることなど極々簡単なことだと思えた。
優柔不断で流されやすくて目立ちたがり屋。
私のことを大切にすると言いながら、か弱そうな可愛い女を見るとさりげなく目で追っていることも気付いていた。
ハリー様が浮気をして、公衆の面前で私を断罪して婚約破棄を言い渡せば。
そしてその断罪が誤りだったと判明すれば、きっと婚約はハリー様の有責で破棄される。
ハリー様は可哀想かもしれないけれど、仕方ないわ。
第二王子にすぎないのに一度でも私の婚約者になれただけで十分でしょう。
「アイラ!!僕は君がその罪を認めて謝罪しない限り、君との婚約を破棄することも辞さない覚悟だ!!」
そこまでは、すべてが計画通りだった。
私が仕向けた通りにオリヴィアはハリー様を頼ったし、オリヴィアに頼られたハリー様は私の予想通り人目も憚らずオリヴィアを寵愛した。そんなハリー様の様子に、私がオリヴィアを虐げているという噂も簡単に広められた。そして実際にオリヴィアを虐げているところは誰にも見られていない……はずだった。
ただ、結果としては、メイベルの余計な発言のせいでハリー様が私に婚約破棄を宣言するところまではいかなかった。
それでもハリー様の失態としては十分だった。
「ハリー殿下との婚約を解消したい?」
早速お父様に相談したら相当渋い顔をされた。
「違いますわ。ハリー様有責の婚約の破棄です」
「お前にも傷がつくぞ」
「私の無実は証明されました。私はただの被害者です。それに帝国に嫁いでしまえばこの国での評判などどうでもいいですわ」
「……帝国に嫁ぐ?」
「ハリー様との婚約が破棄されたら、帝国の皇太子殿下に婚約を申し込んでください」
「……何を言っているんだ……。帝国の皇太子殿下にはすでに婚約者がいるではないか」
「もうすぐ死ぬのでしょう?」
「……ディランの言っていた通りだったな」
「ディラン?」
「お前の様子がおかしいから気にかけてほしいと言っていた」
「……私はどこも……」
「とにかくハリー殿下と婚約の解消などできん」
「どうしてですか? ウィンチェスター侯爵家にとっても帝国の皇太子妃の方が名誉であるはずです」
「帝国の皇太子殿下の婚約者は死なない」
「……えっ?」
「国をあげて病の新薬を開発している」
「……そんな……」
「そもそも人の死を願うような娘が皇太子妃に相応しいはずがない」
お父様の言葉に私は打ちのめされた。
帝国の皇太子殿下の婚約者になれないとしたらハリー様との婚約を解消するわけにはいかないわ。
もしメイベルがいなかったら。もしあのパーティーでハリー殿下に婚約破棄を宣言されていたら。そう考えてゾッとした。
メイベルのおかげで私はぎりぎりのところで踏みとどまれていたことにやっと気付いた。
結局、パーティーでの出来事は、ただハリー様の短慮さを全校生徒に知らしめただけになってしまった。ハリー様の価値は、婚約者である私の価値にも直結する。なんとかハリー様の名誉を回復しなくては。
そんな風に焦っていた時に、オリヴィアがメイベルの婚約者と親しくしているという噂を聞いた。
……そうだわ。またオリヴィアに活躍してもらいましょう。
あのパーティーでの出来事もハリー様の過失ではなくオリヴィアの策略だったと、そう、思わせれば良いのだわ。
メイベルを味方につけようとしたのに、まさかメイベルが婚約者との婚約解消を望んでいることは誤算だった。そのうえすでに婚約の解消に向けて動き出しているだなんて。
なんとか婚約が解消される前にと、ヒューゴを操ることにした。
『メイベルは絶対にヒューゴから婚約を破棄されたくないらしい』
『全校生徒の前でプロポーズされるのはすべての女性にとっての憧れ』
そんな話をそれとなく伝えるだけで、勝手に燃え上って、ハリー様の過失を上書きするようにパーティーで騒ぎを起こしてくれた。
これでハリー様の名誉は回復されて、私の地位もまた安泰になったはずだったのに。
「アイラ……」
ハリー様が呆然と私を見つめていた。
私は、全校生徒が全員、私を奇異の目で見ていることに気づいた。
何これ? こんなの知らない。こんな視線知らない。
……怖い。
いや、やめて。見ないで。そんな目で見ないで。
今まで羨望や嫉妬の眼差ししか受けたことのなかった私は、感じたことのない悪意に震えあがった。
怖い。視線が怖い。見ないで。そんな目で見ないで。
「姉上。帰りましょう」
全校生徒の視線が突き刺さる中で、その視線から庇うように私に声を掛けたのは、ディランだった。
「お騒がせして申し訳ございませんでした」
侯爵家の跡取りなのに、ディランは全校生徒に向かって頭を下げた。
そうして私の手を引いた。