(第10話)現在の断罪(ノア目線)
「オリヴィア様は、一度も嘘なんて吐いたことはありませんよ」
僕の言葉を聞いたアイラは目を見張った。
「ノア! 僕は君のことも信じていたんだ! それなのにこれ以上失望させないでくれ」
「ノア様。残念ですわ。貴方も同じ過ちをまた繰り返すのですか?」
ハリー殿下が僕の言葉を全く信用していないことを悟って安心したのか、アイラは一瞬歪んだ顔をすぐにもとに戻して平然と言葉を吐いた。
「証拠があります。オリヴィア様が嘘を吐いていなかったという明確な証拠が」
アイラの顔は、今度こそ確実に歪んだ。
最初はただ可愛いだけだと思っていた。時々廊下ですれ違う明るい女性。
いつからか僕はオリヴィア様とすれ違うと、なんだか温かい気持ちになった。
機会があったら話しかけよう、ずっとそう思っていたけれど、クラスも違う僕達には接点なんて全くなくて。それでも気付いた時には僕は、ただいつもオリヴィア様の笑顔を探していた。
それなのにいつからかオリヴィア様の表情が曇ることが多くなった。
心配している間に、あんなに明るかった笑顔を見ることはなくなり、ハリー殿下と一緒に過ごす姿をたびたび見かけるようになった。
そしていつも苦しそうに俯いているようになった。
たまらなくなって機会なんてなくても話しかけようと、オリヴィア様が一人になるのを待った。オリヴィア様は、なぜか一人になるのをとても恐れているようで、いつも誰かがいる場所を選んでは移動をしていた。
何日かしてやっとオリヴィア様が一人になった時、僕が話しかける前に、オリヴィア様が突然消えた。すぐに魔法が掛けられたことに気付いた僕は、術者に気づかれないようにその魔法の一部を壊して中の様子を見た。
僕が見たのは信じられないような光景だった。
侯爵令嬢のアイラ様が、オリヴィア様を虫けらのように罵って暴力まで振るっていた。
しばらく呆然としていると、満足したのかアイラ様は空間魔法を解いて去っていった。
オリヴィア様は、泣きながらゆっくりとその場を去っていった。
自分の見た光景が現実のものか信じられなかったけれど、それでも、オリヴィア様の最近の様子はこれが原因なんだと納得がいった。
このままではオリヴィア様は壊れてしまう、あの女に、アイラに、壊されてしまう。
アイラが言っていたように、オリヴィア様を助けられるのはハリー殿下だけだろう。
僕は願いを込めて、ハリー殿下に自分が見たことを証言すると誓った。
ハリー殿下は、パーティでアイラを断罪すると張り切っていたけれど、そんなことよりも少しでも早くオリヴィア様を助けてあげてほしかった。
パーティーで、ハリー殿下が僕を呼んでもアイラは平然としていた。きっと本当に僕が目撃したとは思っていなかったのだろう。
だからこそ『薄汚いくそ泥棒猫め』という実際の言葉を僕が証言した時には、一瞬顔を歪ませた。
結局、ハリー殿下がオリヴィア様を見捨てたことで、アイラのその罪が暴かれることはなかった。
自分の力不足が悔しかったけれど、パーティー以降オリヴィア様の顔が明るくなり、アイラに攻撃されている様子もなかったので安心していた。
アイラはあの証言から僕のことを警戒していて、魔法学の授業では僕を孤立させようとしているようだった。
魔法学の教師が、アルーシャ先生でなければ、僕は彼女の策略通り完全に孤立していただろう。
「ノア。話をしよう!」
アルーシャ先生は、僕を心配してよく話しかけてくれた。
僕は、アルーシャ先生に相談をして、一緒にこの世界には存在しない魔法を生み出した。
その魔法の存在を公表することを待ってほしいという僕の願いをアルーシャ先生は受け入れてくれた。
なぜならそれは僕の切り札だったから。
アイラの牙がもう一度オリヴィア様に向いた時に、確実に彼女を守るための切り札だったから。
「ノア。オリヴィアが嘘を吐いていない証拠があるだなんて本当かい?」
僕はオリヴィア様の顔を見た。彼女はとても心配そうに僕を見ていた。
……こんな時でも他人の心配をしてしまう、僕の好きになった人は、やはりとても優しい人だ。
【アイラ様。僕が去年のパーティーで証言したことはすべて真実です。それは貴女自身が分かっていますよね?】
僕の声がダンスホールに響き渡り、ダンスホールの中央に僕とアイラの映像が映し出された。
「なっ、なんだこれは」
「ノア様の声だったわ」
「でもノア様はお話しされていなかったぞ」
生徒達は皆とても驚いていた。
「ノア。これは一体……」
「魔法を開発しました。自分が実際に見たものを再生できる魔法です。この魔法を生み出した後の出来事でないと再生が出来ないことは残念ですが」
「嘘だわ! そんな魔法聞いたことがない!」
さすがに動揺したのだろうアイラが叫んだ。
「それが嘘か、事実かは、アイラ様が一番よくご存知なのではないですか?」
アイラは顔を真っ青にした。
その間に僕は、映像の続きを再生した。
【なんのことかしら?】
【空間魔法をあんなことに使って恥ずかしくはないのですか?】
【……どうして空間魔法のことまで……】
【自分より魔力が下の人間の魔法なら破れることをアイラ様ならご存知でしょう?】
【……まさか……】
【僕の魔力量は貴女より多いのです】
画面には、悔しそうに顔を歪ませるアイラの醜い顔が映し出された。
その顔を見た生徒達は息を呑んだ。
【……今、空間魔法を使いましたね?】
【ええ。これでこの会話は誰にも聞かれる心配はないわ。それにすでに貴方は嘘の証言をしたと皆に思われているもの。貴方の言葉を信じる者なんてどこにもいないわ】
【別にこの会話を誰かに伝えようだなんて思っていませんよ】
【どうかしら? 侯爵令嬢である私に盾つこうとするだなんて、随分あの汚い猫に思い入れがあるようじゃない?】
【僕はただ知りたいんです。どうして侯爵令嬢である貴女があんなことをしたのか。……きっとハリー殿下の性格ならパーティーで大々的に貴女を断罪しようとすることまで貴女の計算通りなんですよね?】
【ふふっ。私はね、ハリー様との婚約を破棄したかったのよ。もちろんハリー様の有責でね】
「やめて!やめてっ!」
アイラはなりふり構わず騒ぎ出したけれど、僕がその映像を止めることはなかった。
【私はね、帝国の皇太子殿下の新しい婚約者になりたかったの。でも自分から婚約の解消なんて言い出したら隣国の卑しい女達と同じになっちゃうでしょ? ハリー様を陥れるのにオリヴィアはぴったりだったのよ。ハリー様が好きそうな可愛い顔をしているし男爵家くらいなら使い捨てても問題にならないし】
【あはははは】と過去のアイラが意気揚々と吐き出した高笑いは、現在のアイラを黙らせるには十分な醜悪さだった。
「アイラ様は、先ほど言いましたよね? 『同じ過ちを2回犯すことは許さない』と。僕も同じです。アイラ様はまた同じ過ちを犯しました。1年前はハリー殿下との婚約解消をするためだけにオリヴィア様を陥れた。今回はハリー殿下の名誉を回復するためにオリヴィア様を陥れようとした。僕は、貴女の過ちを許しません」