(第9話)現在の断罪(オリヴィア目線)
「オリヴィア嬢! 君はまた嘘をついたのかい?」
あぁ。この男は一年経っても何も変わっていないのだ。
1年前、私はハリー様に何度も何度もお願いをした。
「お願いします。どうか私に監視をつけてください。アイラ様のしていることを証言していただけるように信頼のできる人物に監視していただきたいのです。ハリー様。お願いします」
何度も何度も頼んだのに、ハリー様の回答はいつだって同じだった。
「大丈夫だよ。証拠なんかなくても僕はオリヴィアを信じているからね」
それなのに、パーティーでメイベル様の発言を聞いたハリー殿下はあっさりと私の話を嘘だと決めつけた。
私は、確かにアイラ様に酷い暴言や、時には暴力を受けていた。
ノア様が証言した『薄汚いくそ泥棒猫め』という言葉も本当に吐き捨てられたことがある。
だけど、私が受けた暴言や暴力は、決して誰にも知られることはなかった。
それを知っているのは私だけ。
だってアイラ様は私を虐げる時には、必ず空間魔法を使っていたから。
それはものすごい恐怖だった。廊下でも教室でも一人でいると突然周りの音がすべて消えて、アイラ様と二人きりの、誰にも見つけてもらえない地獄の時間が始まるのだ。
アイラ様が怖くて、恐れ、慄き、私の精神は少しずつ蝕まれていった。
ただでさえ、男爵家の両親から『学園で必ず格上の結婚相手を見つけるように。そうでなければ学園卒業後すぐに金持ちの爺さんの後妻にさせる』と言われていた私は、そのプレッシャーに押しつぶされそうだったのだ。
「私をとめられるのはハリー殿下だけよ」
アイラ様は私を虐げながら、いつもそう言っていた。
罠かもしれないとも思いながらも他にどうすることもできず、私はすがるようにハリー殿下に話しかけた。
「まさか。アイラがそんなことを……」
ハリー殿下は、私の言葉をすぐには信じてくれなかったけれど、私が必死で見つめると突然顔を赤くした。
「しばらく様子を見よう。君は僕の側にいれば安心だろう? 大丈夫だよ。僕が守ってあげるから」
それから私はハリー様に、都合の良い時に呼び出されては、お茶やランチに付き合わされた。
もちろんそんなことでアイラ様の行為が収まることはなかった。
そして知らないうちにアイラ様が私を虐げているという噂が流れ出した。
そのあまりの広まりの速さに、そんな噂が流れているにも関わらず私を虐げ続けるアイラ様の様子に、私はその噂を流したのがアイラ様だと確信していた。
「アイラ様がオリヴィア様を虐げていたと僕が証言します」
ノア様がハリー様に申し出た時、私はとてもびっくりした。だって、ノア様にだって私が虐げられていたことを見ることなんてできないはずなのに。
だけど、ノア様が現れたことで、ハリー様はすぐにアイラ様断罪の準備をしだした。
「アイラにはしっかりと反省してほしいからね。パーティーで問いただすつもりだ。……でももし、アイラが反省をしないなら……。オリヴィア。僕は君と……」
アイラ様の反省も、ハリー様の赤ら顔も、私はそんなもの望んでいなかった。
私は、ただただ暴言と暴力に怯えることのない学園生活を送れるだけで良かったのに。
パーティーの時に、証言者としてノア様が現れた時もアイラ様は余裕だった。
あぁ。ノア様もきっとアイラ様の仕込みだったのだわ。落胆した時、
『……僕が聞いたのは『薄汚いくそ泥棒猫め』という言葉でした』
というノア様の言葉に、アイラ様の仮面が初めて剥がれた。
だけどそれは一瞬のことで、メイベル様の突然の発言はあったけれど、結局アイラ様は無実で私が嘘を吐いたという、きっとアイラ様のシナリオ通りの結末となった。
だけど幸いなことに、1年前のパーティーの日から私がアイラ様に突然空間魔法で拉致されることはなくなった。
嘘つきのレッテルは張られたけれど、暴力のない日々に私は安堵していた。
ある時から突然付きまとってきたヒューゴ様は、私の話をまったく聞いてくれなかった。
きっと女性を自分に従うアクセサリーだとでも思っているのだろう。だけどそれを態度や言葉ではっきりと示しているので、紳士ぶった仮面をつけて内心で女性を見下しているハリー様よりはマシだなと思った。
私は以前、メイベル様とヒューゴ様のカフェでの会話をたまたま聞いたことがあった。
メイベル様は明らかにヒューゴ様に嫌悪感を示していたのに、ヒューゴ様はまったく気づいていなくて、酷い言葉ばかり投げつけられているメイベル様を可哀想だなと思った。
……だからきっとこれが一番いいんだと思う。
『嘘つきでハリー殿下に捨てられた』というレッテルが貼られている私に結婚相手なんて見つかるはずがない。そんな私にもう一つ不名誉なことが起こったって何も変わらない。
だからハリー様に捨てられた私がヒューゴ様を誘惑したと思われたっていい。
そうすればメイベル様の名誉は傷つかないし、婚約も解消できるはずだわ。
私は、ヒューゴ様と結婚をしても幸せにはなれないだろうけれど、暴力は振るわれないと思うので、あの辛かった日々に比べれば十分だ。
私の幸せは、アイラ様の標的にされたその時に、きっと終わってしまったのだから。
だけどまさかヒューゴ様が1年前と同じ状況で突然メイベル様に婚約破棄を訴えるだなんて想像もしていなくて驚いた。
ハリー様の言葉に続いて、アイラ様が私に何かを言っていたけれど、私はいまだにアイラ様が怖くて、視線を向けることさえ出来なかった。
「オリヴィア様は、一度も嘘なんて吐いたことはありませんよ」
その時、ノア様の声が響いた。
思わず顔をあげた私と目が合ったノア様は、私を安心させるように力強く頷いた。