3.海辺の花火
ジュリエットは、ぽかんとジュスティーヌの顔を見つめたまま固まった。
ジュスティーヌは、本当のことだとうなずいてみせる。
「えええええ、ええっと……?
でも、あの時、私の真後ろにいたのはアントーニア様で、姫様は、少し離れた、斜め後ろくらいにいらした……ですよね?」
「そう。
あの時、皆で階段を降りていて……下に、殿下がいらしたでしょう?
殿下が、あなたを見つけて、嬉しそうに微笑まれたのを見て……
昔は、ああいうお顔でわたくしのことを迎えてくださっていたのにと思った瞬間、あなたが憎いという気持ちが抑えられなくなって……魔力を漏らしてしまったの」
ジュリエットは唖然としている。
「あなたがここに来た時にまず謝らなければいけなかった。
でも、わたくしが無事でよかったと本気で喜んでくれて、少しでも楽しく過ごせるよう、一生懸命知恵を絞ってくれるあなたに、あんなことをしただなんて言い出せなくて……
本当に、本当にごめんなさい」
ジュスティーヌは深々と頭を下げた。
「そんな……ほんとに……!?」
転落した時の位置、そして以前からの人間関係から、完全にアントーニアの仕業だと思っていたジュリエットはしばし呆然とした。
ジュスティーヌの仕業だというアルフォンスに、ジュリエットはいつも優しく接してくれるジュスティーヌが、自分を害するはずがないと頑なに主張した。
そう主張すると、アルフォンスは黙り込んでしまったのだが、アルフォンスにはジュスティーヌの魔力の流れが見えていたのだろう。
王族としては魔力は寂しいアルフォンスだが、一般の貴族からするとかなりのものなのだし。
「……なんで、ですか?」
「とてもそうは見えなかったでしょうけれど、わたくし、殿下をずっとお慕いしていたから……」
ジュスティーヌは頭を下げたまま、呟くように言った。
えっと?えっと?と、ジュリエットは戸惑いながら言われたことを理解しようとした。
「じゃ、じゃあ……ええええええええ……
わ、私ッ とんでもないことを!!!」
ジュリエットは、ようやく事情を飲み込むと、ジュスティーヌを責めるより前に、慌てて立ち上がろうとした。
ジュスティーヌは離すまいと、しがみつくようにジュリエットを抱きしめて引き止める。
「ご、ごめんなさい姫様ッ
私、姫様はアル様のことは全然好きじゃないんだって思い込んでしまってッ
それで……それで……」
「なんであなたが謝るの!?
悪いのは、あなたに大怪我をさせたわたくしでしょう!?」
「でもそれは、わざとじゃないんでしょう?
私が馬鹿すぎて、姫様を苦しめてしまったからですよね!?」
「だって、殿下とあなたが仲良くしていようがどうしようが、平気な顔を作ってたもの!
わたくしがどう思ってるかなんて、あなたにわかるわけがないじゃない!」
「でも姫様は、公爵令嬢だし乙女じゃないですか!
あんな状況じゃ、嫌だとか傷ついてるとか言えなくて当然ですよ!
あーあーあー! やらかしたー!マジやらかしたー!!!!
姫様、離してッ せめて土下座させてッ!!」
「だーかーら、なんであなたが謝るのッ
こうして元気になってくれて良かったけれど、死んでしまったかもしれないし、重い障害が残ったかもしれなかったのよ!?」
「結局、ちょっと寝込んだだけですもん!!!
ていうか、仮定の話をするとだいたいこじれるんで、ファクトベースでやれってばっちゃがゆってました!!」
しばらく激しい言い合いになったが、そのうち2人とも堂々巡りに疲れ果ててしまい、結局、自分の方が罪が重いと主張しながら互いに許すということで、双方しぶしぶながら決着がついた。
ちなみに、そもそもアルフォンスが悪いという点では、2人の意見は完全に一致した。
「で、どうしましょう……アル様」
ジュリエットは、気の重そうな顔で、「棺」の方をみやった。
ジュスティーヌも深々とため息をつく。
「そうね……」
ジュスティーヌは考え込みながら、「棺」に向かった。
かがみこむと、術式に触れないように注意して、安らかに眠っているように見えるアルフォンスの顔を、しばし愛しげに眺める。
ジュリエットはその数歩後ろに控えて、2人の様子を見守った。
「……わたくし、この島に来て、よかったと思うこともあるの。
王宮では、メンツやら意地の張り合いやらでがんじがらめになって……
自分の心が自分でもわからなくなって、わたくしが、わたくしではなくなってしまっていた」
陽は傾いて、茜色に空が染まり、満ちていた潮が引き始めている。
「今ならはっきり言えるわ。
わたくしは殿下のことがずっと好きだったし、今もお慕いしていると。
……仲良くしてくださっていた頃は、本当に幸せだった。
わたくしに向けてくださる笑顔、小さな気遣い、そのひとつひとつが心に染みるように嬉しくて」
懐かしげな笑みを湛えたまま、ジュスティーヌはゆらり身を起こす。
「でも、この『棺』を開いたら、きっとまたいがみあって、わたくしはわたくしでなくなってしまう……」
どういうわけか微笑みを浮かべてはいるが、父とみずからの地位を剥奪されて、さぞやアルフォンスは公爵家を恨み、憤っているだろう。
いくらジュスティーヌが今度こそ素直に思いを伝えようとしても、アルフォンスに受け容れられる状況ではない。
ジュスティーヌはジュリエットの方へ、意を決した強い顔で振り返った。
「ジュリエット。
殿下を海へ返しましょう。
それでいいかしら」
「……いいんですか?
なんかの物陰とか目につかないところなら、しばらく置いといてもいいですけど……」
「ええ。
ここに置いておいたら、いつか後先考えずに開いてしまいそうで怖いの。
手伝ってくれるかしら」
2人は「棺」を海へと押し戻し、舳先を入り江の外へ向けた。
腿まで海に浸かって2人が見送る中、「棺」はたゆたいながら、金色に輝く外海へ、徐々に徐々に流されて行く。
ジュスティーヌの頬には、静かに涙が伝っていた。
ジュリエットはその手を取ると、ぎゅっと握りしめた。
「……さようなら殿下。
縁があれば、またお会いする日も来るでしょう」
ジュスティーヌは静かに別れを告げた。
「アル様にまた出くわすことがあったら……
まずは右ストレートを頬に、左ローキックを膝に、右フックをレバーにぶちこませていただきますんで!!」
ジュリエットは気合をこめて宣言し、ジュスティーヌは思わず笑ってしまった。
「お見送りに花火でも打ち上げましょうか」
空が昏くなった頃、ジュスティーヌは宙に術式を描き始めた。
ぽんっと握りこぶしくらいの大きさの光の珠が中空に現れ、しゅるしゅると音を立てて上空に舞い上がると、ドドンという響きとともに、ぱっと夜空に大輪の花を咲かせる。
「わ!すごい!!
新年のお祝いに陛下が王宮で打ち上げるやつですね!!」
「そうそう。
殿下はどうしてもこれが覚えらなくて……」
ジュスティーヌはどんどん花火を打ち上げる。
夜空いっぱいに、月と星々の光をかき消すほど七色の花火が広がり、見上げる2人の頬と穏やかな海を彩る。
2人きりの花火大会は、花火が上がるたびに波間に浮かび上がる棺のシルエットが、水平線に溶けて消えるまで続いた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
数日後の昼下がり、小型のヨットが入り江にやってきた。
乗っていたのは、真っ黒に日焼けしたノアルスイユだった。
ジュリエットの追放後、アルフォンスに涙ながらに頼まれ、流された令嬢達を探して、時々補給と情報収集のため国に戻ったりもしつつ、島々を虱潰しにめぐり続けていたところ、派手に打ち上げられた魔導花火に気づいて、ようやくこの島を探し当てたのだった。
再会に感激したジュリエットが、半裸であることも忘れて抱きついてしまい、ノアルスイユがあえなく失神する一幕もあったが、ジュスティーヌの推測通り、公爵家の3兄弟がクーデターを起こし、国王は「不治の病のため正常な判断ができない状態」にあるとして、強制退位させられた上、幽閉となったことなど、その後の情勢を教えてくれた。
騒動はほぼ無血で終わり、反公爵家で動いていた主だった家は取り潰され、アントーニアとドニはそれぞれ戒律の厳しい修道院に送られたそうだ。
アルフォンスも島に流れついたのだが、海に戻してしまったことを2人が告げると、ノアルスイユは「殿下はレディ・ジュスティーヌを本当は愛していたし、レディ・ジュリエットのことも本気で好きだったのに」と嘆いた。
すかさずジュリエットが「そーいう態度だから2回も流されることになったんでしょうが!」とテーブルをどんと叩き、ノアルスイユは息を飲んで沈黙した。
ジュスティーヌは完全に冤罪という扱いになったので大手を振って王都に戻れるし、ジュリエットも問題なかろうという話だったが、ジュスティーヌは自分は罪に値することをしたので、戻ることはできないと首を横に振った。
となれば、ジュリエットも姫様のお側にいると主張する。
そう言われても、魔力やら生活力にやたら優れているとはいえ、令嬢2人をこんな孤島に置いておくわけにもいかない。
ノアルスイユは、いったん本土に戻って公爵家と男爵家に連絡をとり、両者の手紙を携えて幾度も島と往復し、結局「せめてなにかあった時に医者にかかれるところ、折々手紙のやりとりができるところで暮らしてほしい」という家族の泣き落としに負けたジュスティーヌとジュリエットは、もう少し大陸に近い島の小さな村に、名を変えて引っ越すことになった。
その村で海賊退治やら魔獣退治やらしているうちに、ジュスティーヌはザッヘルという網元兼郷士と恋に落ち、結婚した。
ジュリエットは、引き続き村に住むことを条件に、ノアルスイユの求婚を受けた。
幼馴染として育った子供たちのうち、ジュスティーヌの次男とジュリエットの長女が結婚し、ジュスティーヌとジュリエットは姻戚になった。
2人の孫のうち、祖母ジュスティーヌの銀の髪と、祖母ジュリエットの蒼の瞳を受け継いだドナティアンは海軍に入って出世し、数々の武功を挙げた名提督として広く知られている。
アルフォンスがその後どうなったかは、誰も知らない。
今もあの微笑みを浮かべたまま、大海原を漂っているのかもしれない。
ご覧いただきありがとうございました!
また、評価&ブクマを頂戴し、ありがたや…ありがたや…となっております。
まだ愛している、未練が残っている相手を捨てる話が読みたいな…と思っていたら、なんかできてしまった作品ですが、お楽しみいただけてましたら幸いです。
ちなみに、ほぼ異世界恋愛物ばかり、短編中編長編あわせて7本、投稿しています。
よろしければ、ぜひ作者名のリンクからご覧ください!