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第七話

 今日はいよいよ姉の結婚式である。自室の窓から空を見上げれば空には雲一つなく、窓から射し込む春陽は私の部屋を優しく照らしている。

 あまりにも良い天気すぎて狙ってこの日を選んで結婚するんじゃないかと思ってしまうくらいには、本当に良い天気。こんな日に結婚できるなんて最高じゃないか。


 前日に母から渡された、いつもより少しだけかしこまった服を着て部屋の外に出る。階段を降りれば花嫁衣装を着て母や村の女性たちに化粧をされ、髪を結われている姉がいた。


「あら、おはようアンナ」

「お姉ちゃんおはよー」

「アンナ、起きるの遅かったわね」

「あ、ローラ。もう準備始まってた?」

「とっくにね。でもアンナは特にやることないから気にしなくていいわよ」


 この地域の村では花嫁の準備を村の女総出でやる習わしがある。私もそれに参加すべきなのだとは思うのだけど化粧なんてできない(ましてや自分以外の人になど)し、髪を結うのも得意ではない。こういうのは得意な人がやるべきだと思うのよね。

 ということでそんな私の不器用さを知っている村の女性陣に「アンナは参加しなくて良い」というお墨付きをいただいていたのでゆっくり眠れていたわけである。


「結婚式はお昼からだよね?まだ時間ある?」

「あるわよー」

「ちょっと準備したいものあるから出かけてきていい?」

「いいわよ。時間はあるけどなるべく早く帰ってきなさいね」

「はーい」


 結婚式に遅刻するなどという失態をおかしてはならないと流石の私も分かっているので、家を出るといつもより早足で目的地に向かった。

 目的地に向かう道すがら村の中を見てみれば、花嫁の準備に参加できない男性陣が結婚式の会場の準備をしていた。大きい机をいつくも運び、大量の椅子を机のすぐ近くに並べたり、ただの無骨な木製の机に白い布をかけてちょっとだけいつもと雰囲気を変えて特別感を出したり、女性陣が用意していた美しい刺繍をした真っ赤な絨毯を地面にひいたりと忙しそうにしている。

 まったく精が出ますなぁ。


 結婚式は村の中心の広場で行われる。広場は普段は何もない村の女性陣の井戸端会議の場なのだが、結婚式がある日だけは色んなものが置かれて華々しく飾られ、その姿を変える。

 この村では結婚式があれば村人全員が参加するので私も何回か結婚式に参加したことがあるけど、何度見てもうちの村でやる結婚式は素敵だと思う。


 一般的には結婚式は新郎の村で行うものらしいのだが、何故姉の結婚相手の村で結婚式をしないのかといえば、この辺では花嫁の生まれた村で結婚式をするのが一般的だからである。

 嫁いだらそんなに頻繁には自分の村には帰ってこられなくなる。だからせめて自分が生まれ過ごした村で結婚式をし、その思い出を花嫁に持って行って欲しいということでこんな風習が出来たらしい。

 この村で生まれた者はこの村の者と結婚することの方が圧倒的に多いのにこんな風習が残っているのは、この村から外へ出て行ってしまう者への、村の人たちにとっても大切な別れの挨拶的なものなのかもしれない。



 目的地である花畑に着けば、そこにはなんと先客がいた。


「よお」

「…何故ここに」

「お前がサーラに送る花を選んでたってロベルに聞いて」


 木に寄りかかって腕を組んでいたマルコはそう言った。街の人が着ているようなパリッとした焦げ茶色のジャケットを羽織り、茶色いベストと白いシャツを着て薄茶色のズボンを履いている。靴はお高い革靴なんて履いちゃって、その姿はまるで王都に住うお貴族様である。見たことないけど。


 え、その格好で木に寄りかかるその姿、様になりすぎじゃない?

 ミランダあたりがこのマルコを見たら悲鳴を上げて倒れそう。ロベルに恋してる私がうっかりトキメキそうになるのだから、マルコに恋してた頃の私なら気絶してたかも。


「…まったく口の軽い男だな、ロベルくんは」

「……お前、俺に報告することは?」


 実は私はまだマルコにロベルと恋人になったことを報告していないのである。

 なんだかんだ姉の結婚の準備で忙しく、マルコも親父さんの手伝いで村にいないことも多かったので送り出してくれたあの日以来、まともに会話をできていなかったというのが大きい。


「……マルコ大先生のおかげでロベルに無事気持ちを伝えられました」

「それで?」

「…ロベルと…こ、恋人になれました!ありがとうございますっ!」

「よろしい」


 また意地の悪い笑みを浮かべたマルコは、でもすぐに柔らかく笑った。


「まったく手のかかる幼馴染たちだわ」

「それはこっちの台詞よ。誰かさんが最近更生したようで一安心ですわ」

「…お前ほんと痛いとこついてくんな」

「昔に戻ったみたいで懐かしいでしょ?」

「まあな。…サーラにどの花渡すの?」

「これ」


 私は白やピンク、赤のスイートピーを手折る。それを見てマルコは無言で同じ花を手折り始めた。

 途中手を止めてマルコをそっと盗み見してみると、マルコはいつも通りの顔でスイートピーを手折っている。マルコは今、どんな気持ちで結婚する姉に贈る花を集めているのだろう。


「マルコ」

「ん?」

「お姉ちゃん…ついに結婚しちゃうね」

「……ああ」

「…辛く、ない?」


 そこまで言って、また余計なことを聞いてしまったと思った。失恋して傷心気味だったとこからようやく立ち上がり始めたマルコにこんなことを聞くのはあまりにも無神経で、自分の思ったことが口に出やすい性格が憎い。


 どうしようかと目を泳がせていると、背中に急に重さを感じた。振り向いてはいないけど、多分マルコが私の背中に自身の背中を預けたのだと思う。


「辛くない、といえば嘘になる」

「…そう、だよね」

「でも思っていたよりも辛くないことに驚いてる」

「え?」

「結婚するってサーラの口から聞いたとき、俺はサーラの結婚式に自分が参加することになるのかと思ったら胸を掻き毟りたいほどに苦しかった。なんでサーラの隣にいるのが俺じゃないんだって、なんでもっと早く気持ちを伝えなかったんだって、あの日から毎日そんなことばかり考えてた」

「…うん」

「でもさ。サーラが幸せそうに村のやつらに旦那になる人の話をしてる姿を見て、相手が俺だったらあんな顔させられなかったんだろうなって思ったんだ。俺はサーラにとってはいつだって弟みたいなもんで…だから、サーラがあんな顔をするってこと、俺ずっと知らなかった」


 背中越しに聞こえてくるマルコの声は少し震えていて、結婚すると聞かされたあの日のマルコに重なる。


「今も俺は…やっぱりサーラが好きなんだと思う。だけど前ほどではなくなったと、思ってる」

「うん」

「それはいいことなんだ。俺の気持ちはサーラには不要なものだ。だからいいことなのに…俺はそれが、サーラを好きって気持ちが薄れていくことが、寂しいよ」

「…そっか」


 くぐもった嗚咽が聞こえてきて、私は目の前に咲いているスイートピーを眺めた。

 赤いスイートピーは風に揺られて、蝶に似た花びらは今にも飛び立っていきそう。マルコの髪色みたいな赤いスイートピーを私は手折って立ち上がり、マルコの前まで行くと彼の耳にこの花を差す。


「お、似合うじゃん」

「……お前何してるわけ」


 顔を上げずとも私が何かよからぬことをしていると分かっているらしい。いや別に、全然よからぬことなんてしてないんですけどね。


「ローラから聞いたんだけど」

「その時点でろくな事じゃなさそうだな」

「そんなことないよ。お姉ちゃんに送るこのスイートピーの花言葉は『門出』なんだそうな」

「…お前にしてはいい花を選んだんだな」

「めっちゃ失礼」


 泣いているだろうに、それでもいつも通りに返すマルコに苦笑してしまう。


「あとは『別離』とか」

「…ふーん」

「『優しい思い出』、『私を忘れないで』ってのもあるみたい」

「……」

「マルコの気持ちを知っていてお姉ちゃんに恋人がいたことを黙っていた私に、こんなことを言う資格はないのかもしれないけど。私はマルコがお姉ちゃんを好きになってくれて、その気持ちが薄れていくことを寂しいと思ってくれたことが、嬉しいよ」


 前はそれが辛くて苦しかった。私を見て欲しいと、そう願っていた。

 でも今は、心から姉を愛してくれていたマルコを愛しいと思う。


「私はマルコにとってマルコがお姉ちゃんを想った日々が、どうか優しい思い出になってほしいと、そう思っている」


 私にとってのマルコを想った日々が、優しい思い出に変わっていったように。


「恋の伝道師ローラ様のありがたいお言葉があります」

「…嫌な予感しかしねぇ」

「失恋には新しい恋よ!」

「やっぱりかよ!」


 やっと顔を上げたマルコはやっぱり頬を濡らしていた。だけどその顔は泣き顔ではなくて、うっかり惚れてしまいそうなくらいの優しい顔をしていた。

 私にロベルという素敵な恋人がいなかったら危なかった。やっぱりイケメンってずるいわ。


「……ありがとう、アンナ」

「うわー素直に感謝してくるマルコとか。これは明日は嵐でもくるのでは?」

「ほんといい性格してんなお前」

「まーね」

「…お前、なんか少し見ない間にロベルに似てきた?」

「え〜ほんと〜?やだ照れちゃう〜」

「すっげぇうっぜ。めっちゃ腹立つ」


 二人でひとしきり笑い合って立ち上がる。いい感じの量の花が集まったのでマルコと一緒に村へ向かった。

 目が赤くなったマルコはそのまま村に戻るつもりはないらしく、村に向かう途中で河原の方へ一人歩いていく。結婚式までには戻るから、と言っていたのできちんとそれまでには戻ってくるだろうと背を向けると、背中に声がかかった。


「一つだけ聞いていい?」

「ん?何?」

「いや、あのさ……昔、のことなんだけど」

「うん」

「自意識過剰だとは思ってるんだが……お前、俺のこと…好きだったり、した?」


 思ってもいなかったことを聞かれ、思わず振り向こうとしていた身体が止まった。

 少し逡巡した後、私はマルコの方を振り向かぬままに彼の質問に答える。


「ん〜確かにそんなことも昔はありましたねぇ」


 一ヶ月くらい前までまだ好きだったことは伏せておく。


「…そう、か」

「でも私、恋の伝道師のありがたいお言葉を思い出して新たな恋をとっくに見つけてましたから」

「ロベルか」

「うん。いや〜こんなに近くにあんな素敵な人がいたなんてずっと気付かなかったよ。これが灯台下暗しってやつですな」

「…そうだな。ロベルはいいやつだし、お前が好きになるのも分かるわ。凄いモテる奴が恋人なんだし、せいぜいロベルに捨てられないように気を付けろよ」

「失礼な!ロベルは私にベタ惚れなんですぅー」

「惚気はいらねえよ」


 笑っているマルコの声が聞こえる。


「前に長髪もお淑やかなのも似合わねぇって言ったけど」

「まだ言うか」

「…あれはあれで綺麗だったよ、お前。俺は今の方がいいと思うけどな。…じゃ、俺は目の赤みが引いたら行くから先に村帰ってて。ロベルによろしくな」


 そう言って歩いていく足音がだんだん遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなるまで私はその場に佇んでいた。

 ハッと我に帰るとその場にへなへなとしゃがみ込み、花を持っていない方の手で頭をガシガシとかいた。


「……これだからさー、モテる男はまったく。やってらんないね」


 ボサボサにした髪を少しだけ整え、立ち上がって村へと歩き出す。

 もう終わってしまった恋だったけど。そんな風に思ってもらえていたのなら、少しは当時の私も報われたのではないだろうか。


「…ロベルに会いたいなぁ」


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